町長の「八日目の蝉」記(平成24年1月分)

  私は小豆島に生まれ育ちました。18歳のときこの島を離れ、40年ぶりに島に帰ってきました。島に帰ってから新しい発見の日々です。この島には、今私たちが失いつつあり、探し求めている何か、宝物がいっぱいあります。
 平成22年の3月と4月に、NHKが「八日目の蝉」というドラマを放映しました。小豆島が舞台のドラマです。また、今度映画化されることになりました。平成23年4月29日公開の全国ロードショーです。蝉の地上での命は普通7日です。ですから、8日目の蝉は、普通の蝉が見ることができないものを見ることができます。作者の角田光代さんは、原作で、小豆島のことを「海と、空と、雲と、光と、木と、花と、きれいなものぜんぶ入った、広くて、大きな景色」と表現しています。そして、主人公である若い女性に、おなかの中の子に、この景色を見せる義務が私にはあると、語らせています。
 そこで、私は小豆島の「きれいなものぜんぶ入った、広くて、大きな景色」を、これから町長の日々の仕事を通して訪ねてみようと思います。

映画「八日目の蝉」パンフレット
映画「八日目の蝉」
2011年4月29日全国ロードショー

映画「八日目の蝉」の撮影風景
映画「八日目の蝉」撮影風景
映画「八日目の蝉」撮影風景

映画「八日目の蝉」撮影風景
映画「八日目の蝉」撮影風景


(C)2011映画「八日目の蝉」製作委員会 2011年4月29日全国ロードショー
 

第458回 第7回小豆島町の福祉と医療の推進会議


 7回目の小豆島町の福祉と医療の推進会議が開かれました。少しずつですが、これからの小豆島町あるいは小豆島の福祉と医療の輪郭が見えはじめてきたと思います。まだまだ輪郭だけで、実際に実現するには大いなる努力が不可欠です。
 絶対に実現するという強い覚悟を町民の皆さんにも持っていただき、本気で取り組みたいと思います。そうでなければ、小豆島は、人口減少と少子高齢化の重みで、本当に沈没してしまいます。今日、国立社会保障・人口問題研究所の新しい人口推計が発表され、50年後の2060年の日本の総人口は4132万人(32.3%)減って8674万人に、高齢化率は39.9%になるそうです。小豆島の状況は、そんな日本全体の動きを先取りしています。事は対応を急ぎますが、しっかり対応すれば乗り越えることができると思います。小豆島が元気になるために、福祉と医療をよくすることが不可欠です。
 今日議論していただいたのは、地域福祉を進める上での基本的な考え方と大雑把な目標です。地域福祉とは、住み慣れた地域で高齢者、障害者などすべての住民が安心して暮らせるための地域での福祉サービスの提供のあり方や助け合いのあり方を総称したものと考えることができます。地域福祉を進める基本的な考え方として、四つのポイントをあげてみました。
 一番目は、健康や地域福祉づくりは住民総参加で行う必要があることです。行政だけで行うものではなく、一人ひとりの住民、専門家、組織、団体などが役割分担を自覚して取り組む必要があることです。
 二番目は、介護保険法を基盤として、自助と共助による健康と地域福祉づくりを進めることです。介護保険法の活用は重要ですが、これだけで健康と地域福祉のすべてを実現することは困難であるだけでなく、適当でないことです。
 三番目は、公立病院の再編を契機に、現病院施設も活かした健康と地域福祉づくりを進めることです。小豆島の場合、公立病院の再編成が不可避、必要であり、再編によって必要な医療を確保できるようにし、あわせて現病院を地域福祉の拠点として活用し、在宅で福祉や医療を受けられる体制を整備することが必要です。
 四番目は、若者の働く場の創出を図るとともに、将来の医療費と介護費の負担軽減を目指すことです。福祉と医療をよくするためには、若い専門スタッフが活躍することが不可欠です。小豆島の最大課題である若者にとって魅力ある働く場がないという課題の解決と小豆島の福祉と医療をよくするという課題の同時解決を目指したいと思います。人口減少と少子高齢化社会の最大課題のひとつは、医療費と介護費の現役世代の負担が担いきれないほどのものになる懸念があることです。健康と地域福祉づくりこそ、その最良の解決策だと思います。
 こうした基本的な考え方に基づいて、組織、体制のあり方、各種福祉サービスの進め方、サービス量の目標、マンパワーの目標などについて、資料に沿って説明しました。今日時点は、役場のスタッフが一生懸命にまとめてくれた荒っぽいデッサンに過ぎません。いっぱい課題をかかえています。これからいろいろな意見を聞いて修正を重ね、これから何年もかけて、町民の皆さんにも参加していただき、具体化していくべき性格のものだと思います。(平成24年1月30日)
  • 第7回 小豆島町の福祉と医療の推進会議資料
 

第7回小豆島町の
福祉と医療の推進会議


内海病院の診察の様子


幼児健診の様子


福祉を通じての地域づくりに
取り組んでいる小坪地区「秋葉会」


神懸通地区で毎朝近所の人が
集まってラジオ体操を行っている
「ラジタイクラブ」

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第457回 新ヒロインにオリーブの冠


 大阪国際女子マラソンに新しいヒロインが誕生しました。岡山の天満屋の重友梨佐さん(24歳)です。今年のこの大会は、夏のロンドンオリンピックの女子マラソンの日本代表を選ぶ大事なレースでした。
 最初はオリンピック金メダリスト野口みずきさんの出場が予定されているだけでなく、女子長距離の第一人者の福士加代子さんが出場するので、大変期待され注目されていました。
 野口さんはぎりぎりで欠場し、福士さんも今日のレースで27キロから脱落し、最後に勝者になったのは、2度目のマラソンの新鋭の重友さんでした。
 実は、この大会の勝者に小豆島のオリーブの冠が授与されました。古くからギリシアなどでは、マラソンなど陸上競技の勝者には、スポーツの神様ゼウスを讃える「オリーブ冠」が贈られてきました。オリーブは平和の象徴で、国連旗もオリーブ冠をデザインしています。
 小豆島では、これまでも代表的なマラソン大会の勝者に「オリーブ冠」を贈ってきました。一つ目は、名古屋国際女子マラソンです。名古屋にある愛知教育大学付属中学校ではもう40年も2年生全員が小豆島に修学旅行にきていただいています。主催者の責任者が修学旅行に小豆島に来られていたことが縁結びになりました。
 二つ目は、横浜国際女子マラソンです。小豆島の大ファンで、クラブオリーブのメンバーでもあるスポーツジャーナリストの増田明美さんが大会主催者につないでくれました。今日も実況解説で大活躍でした。パーティでお会いする予定でしたが、超多忙でかないませんでした。
 三つ目は、地元香川県の丸亀ハーフマラソンです。そして四つ目となる大阪国際女子マラソンは、小豆島出身の法政大学笠井淳教授(元十種競技アジア大会金メダリスト)が主催者につないでくれて実現しました。小豆島オリーブトップワン・プロジェクトの一環です。
 重友さんは、彗星のように現れたヒロインですが、実は、岡山県井原市にある興譲館高校陸上部出身で、将来が期待されていました。勝者インタービューを聞いて、とても朴訥で、まだ原木のままで、とてもさわやかでした。彼女のような人に、小豆島のオリーブ冠が贈られたことを、とても嬉しく思います。さらに、彼女は小豆島の対岸にある備前市のご出身で、身近に感じます。
 地道に、こつこつ、一生懸命努力をして、練習をして、何を聞かれても控えめで、しかし、本当は強い意思と粘り強さを持っている人のようで、とても好感をもてました。
  去年、母校のある井原市を訪ねたとき、岡山の瀬戸内海べりの盆地にあるそのまちの雰囲気にも、そんなものを感じました。
 重友さんには、これからもっともっと練習に励んで、オリンピックという大舞台で、もっと大きな「オリーブ冠」を頭に戴く日が来ることを願っています。(平成24年1月29日)

大阪国際女子マラソンのスタート前


優勝した重友選手
小豆島のオリーブ冠をかぶって


オリーブ冠の制作風景


優勝者に贈られたオリーブ冠


レース後のパーティで
(中央が重友さん)

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第456回 小坪「秋葉会」福祉のまちづくり


 小坪地区は、小豆島の寒霞渓(かんかけい)のふもとにあって、日本の原風景というべき里地・里山のある古い歴史のある地区ですが、町営住宅ができたり、新しく家を建てて移り住む人もいたりして、伝統のなかに新しい要素のある、人口200人ちょっとの地区です。
 この地区で、住民の方々が「秋葉会」という会を作り、地域に住む高齢者の支援など、福祉を通じての地域づくりに取り組んでいます。
 活動の中心は、そこに住む女性たちですが、男性を含め幅広い年令層の方々が会の活動に参加しています。今日は、会の活動拠点である小坪地区の集会所のバリアフリー化や調理室の改修などの完成を祝って、地区の高齢者を招待しての昼食会と、活動についてアドバイスをもらっている日開野四国大学教授や越智琴平町社協事務局長などにも参加してもらっての懇談会が開かれました。
 東日本大震災でもわかったように、いざというとき、地域の連帯や絆はとても大切なものです。災害だけでなく、自然、伝統や文化を守り、子どもの健全な育ちや高齢者が地域で安心して暮らせるためにも、地域の連帯と絆が大切です。
 小豆島のような田舎でも、地域の連帯と絆が急速に失われようとしています。秋葉会の取組みは、地域の連帯と絆を呼び戻そうとするものです。
 「手伝い隊」や「楽しみ隊」などを作って、身の丈にあった活動をしています。手伝い隊では、病院にいくのに不自由な高齢者の通院を手伝ったり、食事会などを開いたりしています。一人暮らしの高齢者への食事サービスなどを勉強に、越智さん率いる琴平社協にも行きました。地区の4箇所に身近なニュースを伝える告知板を作りました。この告知板はいつのまにか双方向のものになり、例えば、「養生場池(ようじょうばいけ)に渡り鳥がきたよ」というようなニュースを、住民が告知板に自然と掲示するようになりました。
 新しい活動には当然のようにいろいろな課題が次ぎ次ぎと生まれます。高齢者の方々が、おもしろくて、楽しい場ができたからといって、すぐに集うようにはなってはくれません。会の運営は試行錯誤です。会の運営が前に進んでいくためには、車のように、誰かが前輪で、誰かが後輪の役割をしなければなりません。
 両先生のアドバイスは、「あせることなく、へこたれることなく、めげることなく」という、極めて的確なものです。難しい言葉や難しい理屈ではなく、肩のこらないように、思ったとおりに、普通にやっているうちに、自然に課題を克服していけるように思います。
 人口が減って、少子高齢化が急速に進んでいるところで、高齢者福祉の課題を解決していくには、住民総参加で課題に向かうこと、介護保険法などの公助だけでなく、自助と共助を活かすこと、小豆島の場合には、病院の再編成の機会に、医療と福祉の役割分担をきちんとし、在宅の医療や福祉を充実すること、医療・福祉・教育などの分野での若者の就労・活躍の場をつくり、若者の医療・介護の費用負担の軽減を図ることなど、一気呵成に政策として実行することが必要だと思います。香川県が今年度から、国の地域活性化総合特区に指定されたことも活かして本格的に取り組もうと思っています。
 小坪地区の秋葉会の取組みを、小豆島が元気を取り戻す突破口の突破口のように感じています。活動が、息長く続いて、地域の連帯と絆が一段と強いものになってほしいと思います。(平成24年1月28日)

昼食会の様子


 食事の準備をする秋葉会の皆さん


地元の高齢者の方を招いて
食事会を楽しみました


秋葉会の活動を記録したアルバム
(クリックすると拡大できます)


小坪地区


養生場池

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第455回 小学生議会


 小学生議会がありました。池田小学校の六年生が議員になって、小豆島町の議会で、本物の町議会議長の議事進行の下、いろいろな質問を役場当局にし、私も答弁をしました。
 質問は児童の身近な問題ばかりでしたが、質疑を通して、どの質問もこれから小豆島が本気に取り組まないといけない本質をついた問題であることに気がつきました。
 例えば、二階建ての古い建物の小学校にも、エレベーターをつけるべきだとの質問がありました。役場の答弁は、当然のことながら、役場の建物をはじめエレベーターはついてないので、小学校ではみんなで助け合って辛抱してくださいというものでした。
 しかし、この質問は、先進的な国において常識になりつつあるまちづくりはユニバーサル・デザインでなければならないという考え方そのものです。ユニバーサル・デザインとは、まちの道路、駅、公共的な建物などは、すべて障害者や高齢者など配慮したものでなければならないという考え方です。観光地でもある小豆島は、率先してユニバーサル・デザインを目指す必要があります。
 お年寄りのための交通手段の確保やフェリー運賃の高さ、高齢者の福祉サービスやこどもとの交流のあり方、学童保育、災害対策、光情報網の整備、財政が厳しい中での無駄をなくす工夫などいろいろな質問を受けました。
 こんな質問もありました。池田地区に図書館を作ってほしいと。新しい図書館はできませんが、そのかわりパソコンで図書館に読みたい本を予約して、池田児童文庫で受け取れるようにすることを、教育長が直ちに実行することを約束してくれました。ちょっとしたことですが、この質問がきっかけで、遠くにある図書館に行けない人も、読みたい本をたやすく読むことができるようになりました。
 小豆島の未来を担うのは今の子どもたち、そして、これから生まれてくる子どもたちです。小豆島の優れた自然、文化、伝統などを守っていくためには、人口減少をできるだけゆるやかにして、島の魅力を高めていく努力が必要です。それは今の私たちの世代の責任です。自分たちの世代の責任を果たし、次の子どもたちに何とかバトンタッチしなければなりません。
 今日の小学生議会の議員の問題意識が、目の前の課題をきちんと見つめていることを嬉しく思います。次の世代の子どもたちに、小豆島をよりよきものにしてもらうためには、厳しい財政状況ではあっても、そのなかで最善のなすべきことをしたいと思います。(平成24年1月27日)

池田小学校の児童が
こども議員となった小学生議会


一般質問を行うこども議員


真剣な表情で答弁を聞くこども議員


小学生議会の参加者全員で

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第454回 オリーブ牛の魅力


 オリーブ牛が、柔らかく、ジューシーで、食べやすく、おいしいと評判です。オリーブ牛とは、乾燥させたオリーブの絞りカスを食べて育った和牛です。昨日、土庄(とのしょう)町の小学校でおいしそうにオリーブ牛を食べる児童と石井さんをニュースで見て、オリーブ牛を見たくて、土庄町目島の牛舎を訪ねました。
 オリーブ牛は、小豆島土庄町の肉牛農家の石井正樹さんが、何とか、特徴のある、付加価値の高い牛を生産しようと、試行錯誤のなかから独自に開発した牛です。
 「オリーブ牛物語」は、小豆島特産であるオリーブを活かし、これまで産業廃棄物として捨てられていたオリーブの絞りカスを有価物として活かし、しかも牛肉の質を格段に向上させるという夢のような話です。
 まさに無やマイナスから、とてつもないプラスを生みだしました。オリーブが人間の健康によいことは良く知られています。オレイン酸などの抗酸化物質がオリーブにたくさん含まれているからです。これをヒントに、牛にもオリーブはいいはずだと石井さんの取組みが始まりました。しかし、そのままでは、牛はオリーブの絞りカスを食べようとはしませんでした。乾燥させ甘みがでて初めて牛はオリーブの絞りカスを食べるようになりました。
 オリーブ牛の評判は大変気になっていて、お話を聞きにいかねばと思っていましたが、石井さんのお住まいが隣町だったことから、今日になってしまいました。
 石井さんの話を聞いて驚いてしまいました。これほどのことを、石井さんをはじめほとんど数人の皆さんの知恵と苦労で実現されているのです。地産地消は、農業振興としても、健康づくりとしても、観光の面でも地域活性化のキーワードのひとつです。
 先日、かがわフードセミナーで聞いた農水省の方やデザイナーフーズ株式会社の市野さんが話されていた、地産地消による農業の六次産業化、食による地域活性化や健康づくりにつながる第一歩の取組みが足元でもう始まっています。
 小豆島で官民あげたオリーブトップワン・プロジェクトがはじまっていますが、オリーブ牛がもっと普及するためには、オリーブの絞りカスが安価で安定して確保できることが必要です。オリーブ牛が小豆島のいろいろなところで味わえるようになることも必要です。石井さんたちの取組みを、行政として応援すべきことがたくさんあります。
 石井さんのお話をうかがっていると、わくわくしてきます。それは小豆島の魅力と可能性にかける情熱が伝わってくるからです。小豆島に神様が与えてくれた自然の恵みを、最大限活かして、小豆島を元気にと、改めて思いました。(平成24年1月26日)


石井さんの牛舎


オリーブの搾りカスを
食べるオリーブ牛


オリーブの搾りカスについて
説明する石井正樹さん


牛舎近くの海岸でオリーブの
搾りカスを乾燥させます


牛舎近くの海岸から
瀬戸内海を望む

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第453回 「二十四の瞳」紙芝居贈呈式


 「読み聞かせの会」から小豆島町内の小学校へ「二十四の瞳」紙芝居を贈っていただきました。その贈呈式が星城小学校で行われました。
 「二十四の瞳」は小豆島で生まれ育った壺井栄が書いた名作です。この小説の凄さは、名もない庶民の生活を通して、人と人のつながりや平和の大切さ、教育の意味などが、誰にでもわかるやさしい言葉で綴られていることです。
 ところで、この小説は、木下恵介監督で、一昨年亡くなった高峰秀子さんが大石先生役をされたように、何度も映画やテレビドラマになっています。
 今年は、壺井栄がこの小説を書いて60年、木下恵介監督生誕百年にあたります。いろいろなかたちで、「二十四の瞳」の問いかけた意味が考え直される年です。
 島田歌穂さんが大石先生になり、小豆島のこどもも参加してのミュージカルの全国公演もあります。地元の皆さんの「二十四の瞳」の市民演劇を復活させる動きも始まっています。瀬戸内国際芸術祭のある来年には実現するでしょう。
 このように映画、テレビドラマ、ミュージカル、演劇などいろいろなかたちで「二十四の瞳」はひろがっているのに、何故か紙芝居はありませんでした。昨年、茨木市にお住まいの小豆島出身の赤木さんがはじめて二十四の瞳映画村で紙芝居を実演されました。
 今度紙芝居を贈られた「読み聞かせの会」は会長の川崎徹さんほか14名のメンバーで構成されています。島の子どもたちに、島の民話、歴史、風習等を読み聞かせを通し、「故郷小豆島」の良さを学習・再認識してもらうこと、少子・高齢化問題に直面している小豆島において、数少ない島の宝の子どもたちが将来一人でも多くUターンして帰って来るかは、幼少期での「島の良さ」を数多く知り、体験することが大切であり、「島を誇り」に思える子どもを育成することを活動目的にしています。
 小豆島町内の幼稚園・小学校を巡回して、小豆島の多くのことを民話集・紙芝居を使って読み聞かせています。小学校によっては、毎週火曜日の朝の読書の時間にうかがっています。
 今日も星城小学校5年生のクラスで、会長の川崎さんが、ベーブ・ルースの話と贈呈されたばかりの紙芝居「二十四の瞳」を児童に読み聞かせてくれました。
 児童全員が、川崎さんの話と紙芝居に一心不乱に集中して、聞いていたのが印象的でした。児童たちが、教室内でそわそわして、落ち着きがなくなったと聞いていたので驚きました。子どもたちに、まだまだ大きな可能性がある証拠です。
 子どもたちが、すくすく成長していくためには、親や学校の先生だけでなく、地域ぐるみの取組みが不可欠です。私も、一昨年Uターンして小豆島に帰ってきましたが、「読み聞かせの会」の皆さんが言われるように、子どものころに、地域や小学校で、「島の良さ」を数多く知り、体験できたことが心の底に残されていたからです。みんなの力で、こどもたちが、「島の良さ」を数多く知り、体験できる地域と教育を実現しなければなりません。(平成24年1月25日)

紙芝居「二十四の瞳」の
読み聞かせの様子


 真剣な表情で聞き入る児童達


読み聞かせを行う川崎さん


贈呈された紙芝居を手に
笑顔の児童


贈呈された紙芝居

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第452回 小豆島の産業の課題④


 小豆島の産業のかかえる課題を解決するための太田さんの提案は以下のとおりです。

①商品開発並びに品質管理における香川県の発酵食品研究所の期待・役割が大きく、かつ、かがわ産業支援財団、香川県関係部署並びに公設研究機関並びに香川大学をはじめとする他大学とも適宜連携を進めるべきである。
 香川県の学官連携の成果である希少糖「さぬき新糖」を利用した商品開発には、香川大学や県発酵食品研究所等との連携、企業へのサポートが必要である。

②香川県県産品振興課が実施(H23.1)したような消費者サイドに立ったニーズ及びシーズにつながる独自の情報収集も必要である。

③マーケッテイングに係わる県コーディネイター及びコンサルタントも活用すべきである。
 観光資源と食品産業をからめた活動(活性化)が必要である。認知度アップ。

④醤油、佃煮、素麺、オリーブ製品ともに認知度アップを図るために、統一ブランド及びキーワード(ex.小豆島、健康)を考慮し、販路開拓や商品開発に対応すべきである。また、商標登録等知的戦略も念頭に置くべきである。

⑤関連展示会への出展及び参加(業界動向把握&ニーズ発掘)を推進するためには、支援を考慮するとともに、多種の企業がまとまって出展できるように勧誘ととりまとめを行うべきである。

⑥島内、島及び県外関係者との情報交換、勉強会の場として、技術協議会及び研究会を更に活用すべきである。

⑦オリーブに関しては、オリーブハマチ用無農薬オリーブ葉及びオリーブ牛用無農薬滓がひっ迫しているとの見方もあり、農業、食品・観光を総括・連携して総合的な対応(組織又は部署)が必要である。

 太田さんの提案を来年度予算に反映したり、実践したりして、小豆島の食品産業が元気になるよう、みんなの知恵と力を結集していかねばなりません。(平成24年1月25日)

発酵食品研究所


発酵食品研究所の施設内の様子


かがわ産業支援財団


企業の研究風景

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第451回 小豆島の産業の課題③


 小豆島の素麺製造業の歴史は古く、江戸時代伊勢参りの帰りに奈良に立ち寄り、三輪素麺の技術を小豆島に持ち帰ったものです。
 小豆島の素麺もかつてに比べると生産量、販売高とも減っており、播州、島原などの産地に比べ、全国シェアーは小さく、今は7%程度になっています。
 かつては素麺組合に加入した生産者がほとんどで、「島の光」のブランドで販売されるものがほとんどでした。今は非組合員による出荷量も組合の約8割~同等くらいに増えていると言われています。
 特に組合員は高齢化(平均年齢約65歳)と後継者不足で設備投資もできず生産性が低下しています。品評会も平成16年を最後に開催されておらず、品質のばらつきなどの課題も指摘されています。
 素麺製造業も、小麦などの原材料の高騰への対応に苦慮しています。また、うどんに比べると、素麺を味わえるお店が少なく、料理メニューも少ないかもしれません。うどんに負けない、多様なニーズに応えられる素麺、製品の多様化が求められています。
 組合よりも非組合の製造者のほうが元気で、時代の変化にも上手に対応しているとの指摘もあります。行政もかんで、素麺製造業の課題を研究し、解決していく必要があります。

 オリーブ関連産業は、これから発展が大いに期待されると考えられています。オリーブの健康への効果を活かした、機能性の食品の開発や化粧品の開発が期待されます。
 それらは相当な研究開発力が必要なので、香川県発酵食品研究所、香川大学などの県内の大学、研究機関などとの連携、タイアップが不可欠です。
 オリーブ牛やオリーブハマチなどのオリーブの飼料としての効能も期待されていますが、安定供給のための乾燥機などの機器整備もまだ十分ではありません。
 何よりも、小豆島産のオリーブの生産量に限りがあります。そのためには、小豆島で加工、利用する外国産のオリーブの活用のルールや考え方を整理しておくことが必要です。限られた小豆島産のオリーブを最大限効果的に活かしていくことです。
 イタリアやスペインなど海外に絶対に負けないオリーブの活用策は、科学的な根拠(エビデンス)に基づいた健康長寿の実現です。日本の最大課題のひとつ、医療費と介護費の縮減の取組みを、科学的な根拠に基づいて、専門家の参加・検証を受けながら、小豆島で実践し、成果をあげることで、小豆島のオリーブのブランド力はどこにも負けないものになると思います。(平成24年1月25日)

素麺産業の現場


素麺のはしわけ作業


オリーブ牛


オリーブ製品の数々


オリーブを使った佃煮製品

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第450回 小豆島の産業の課題②


 小豆島の産業の現況と課題を個別にみていきましょう。まず醤油製造業です。小豆島の醤油製造業の歴史は古く400年前にさかのぼります。
 大阪という大消費地が近くにあり、大豆、小麦などの原材料を船で運び、瀬戸内海の良質の塩がとれ、気候が菌の発酵に適しているなど、醤油づくりに最適な条件を小豆島は備えていました。
 なぜ近年事業所数や売上げ高が減っているのでしょうか。醤油自体の消費量が減っていること、強力な企業が一社あって、あとは群雄割拠、小豆島の他産地に優る競争条件がなくなっている現況で、どうすれば小豆島の醤油製造業の力を維持し、高めることができるのでしょうか。
 答えは難しいのですが、付加価値の高い商品・製品を開発製造するしかありません。それができるためには、研究・技術開発力を高める必要があります。各企業のスタッフのレベルアップを図る必要があります。発酵食品研究所をもっとフルに活用する必要があります。
 企業の開発力アップを支援するとともに、市場の情報、消費者ニーズの変化を把握し、販売力も強化していかねばなりません。基礎的なニーズやシーズについて情報を常に把握しておかねばなりません。
 小豆島のイメージアップも販売力強化に役立ちます。桶を使っての手作りの醤油づくりも小豆島の醤油のイメージアップになります。付加価値の高い醤油を作ることにもつながるでしょう。そのためには桶職人がいなければなりません。小豆島の醤油づくりにかかわる若者が、自ら桶作りの技術を学ぶために立ち上がったというニュースが最近ありました。このような若者の存在こそ、小豆島の醤油づくりの未来を支えるでしょう。
 醤(ひしお)の郷という、醤油づくりの息づく町並みを保存し、これに現代アートなどの新しい価値を付加することで、醤の郷は大勢の人が集まる地域になることができるでしょう。醤の郷の良いイメージは、小豆島の醤油の付加価値を高めることにつながるでしょう。

 佃煮製造業は、歴史は比較的に浅く、戦後食料不足のとき、いもづるを醤油で炊いてできたものを佃煮として売り出したことに起源があります。
 現在の佃煮製造業の販売量はピーク時の半分、売上額で3割から4割のダウンとなっており、販売は下降傾向にあります。一方原料高、特に国産の昆布とワカメが震災の影響で原料高になって厳しい経営状況となっています。
 小豆島の佃煮製造業が生き残るために必要なことは、醤油と基本的には同じで、付加価値の高い商品・製品を作ることです。研究開発力を高めることです。
 付加価値とは何でしょう。ひとつは健康志向に応える商品・製品の開発でしょう。外食から内食への回帰がはじまっていると言われています。家族団らんの食事が復活するとすれば、家族団らんの食事に、色を添え、健康にもよくて、食事の味をアップできる商品・製品を作っていくことが必要です。そのためには女性の感性、視点が不可欠です。
 もうひとつは、地産の原材料を生かすことです。小豆島ならオリーブがまず浮かびますが、香川県はおいしい野菜の宝庫、海の幸の宝庫です。香川県産特産物をどう活用するかがポイントになります。(平成24年1月25日)
桶作りの技術を学ぶ研修の
様子をご紹介します

側板を削る作業


側板を竹釘を使って合わす作業


円の形になるようの仮止め様子


仕上げの底入れ作業


オリーブを使った佃煮製品
セミドライトマトのオリーブオイル漬け


琴平産のにんにくを小豆島の
醤油屋さんがブレンド加工した
オリーブオイル「ガァリック娘」

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第449回 小豆島の産業の課題①


 かがわ産業支援財団の太田泰弘さんに小豆島町の地域振興アドバイザーをしてもらっています。
 太田さんは、小豆島出身で、香川大学農学部大学院を卒業後、丸金醤油京都研究所長を歴任するなど、食品研究の第一人者です。私の小豆島高校の同級生です。
 太田さんと香川県の発酵食品研究所の末沢所長らが、昨年6月から10月にかけて、小豆島町内の食品企業を中心に31社、1組合を訪問し、経営者を中心にヒアリングをして、小豆島の産業界が抱える課題と新たな技術開発の可能性を探っていただきました。
 その報告を最近太田さんがまとめました。これまで、小豆島では、行政が産業振興について、実態を把握したり、効果的な振興策を打ち出すことは少なかったと思います。専ら企業が地力で頑張ることで、ここまで食品産業が発展してきたのだと思います。 

醤油産業の現場

 時代は大きく変わろうとしています。企業が地力で企業活動を行わなければいけないことは言うまでもありませんが、島としてのハンデイキャップを克服し、小豆島のブランドイメージを高めるには、行政も含めて、島が一体となって取り組む必要があります。小豆島の産業が、国内外の厳しい競争に打ち勝って、経済の力が強くならなければ、小豆島の優れた自然、文化、伝統を守ることはできません。以下、太田さんの報告に沿って、小豆島の産業の課題とそれをどう克服していくかを考えてみます。 
 最初には小豆島の主要産業の推移です。醤油、佃煮、素麺いずれも事業所数、出荷額とも漸減しています。人口減少、少子高齢化、食の嗜好の変化、洋風化、多様化、食品産業全体のパイの縮小などが背景にあるとして、他産地、他企業との競争で苦戦していること、後継者難など、解決すべき、いろいろな課題があります。一方、オリーブ関連産業は、順調に事業所数、出荷額を伸ばしていますが、オリーブ関連産業がこれから着実に発展するには、さまざまな努力が不可欠です。 

小豆島における主要産業の推移
(クリックすると拡大できます)


佃煮産業の現場

 次は香川県産品の認知度です。讃岐うどんの認知度は首都圏、関西圏、香川県とも、抜きんでていますが、それ以外の産品の認知度は高くありません。そのなかでオリーブ製品、そうめん、醤油は健闘しています。工夫次第でもっとブランド力をアップできる可能性があることがうかがわれます。
 余談ですが、香川県の「うどん県」のPRが大きな反響を呼び、マスコミなどでも評価する声が高いようです。この調査結果でみる限り、讃岐うどんの認知度は十分あるわけですから、「うどん県宣言」をすることで、香川県に関心をもってもらい、それをチャンスに香川県には、さて他に何があっただろうと、好奇心、関心をもってもらうには、いいPRです。
 大切なのは、「うどんだけではない香川県」が実現したいという目標やキーワードをはっきりとさせ、それを実現する政策が準備されているかどうかです。「うどん県宣言」は、うどんの宣伝ではなく、それ以外の香川県の魅力の宣伝を目的としているものと理解することができます。とすれば、小豆島の醤油、佃煮、素麺、オリーブなどはPRすべき最たるものでしょう。「うどん県宣言」に続く戦略こそ本当は重要になると思います。(平成24年1月24日) 参考資料

香川県産品に関する認知度調査結果
(クリックすると拡大できます)


素麺産業の現場

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第448回 琴勇輝健闘


 大相撲初場所が終わりました。小豆島出身の琴勇輝は、十両西7枚目で9勝6敗の成績を残しました。十両昇進後3場所連続の勝ち越し、着実に力をつけています。
 今場所は初日から4連勝、もしかすると優勝もと期待される時期もありましたが、はたいたり、引いたりする相撲が何番かあって、これを克服すると、あと3、4番は勝てるようになると、佐渡ヶ嶽親方は言われています。悪い癖を直すためには、厳しい稽古しかない、場所が終わったら、胸をかしてやるから、さあこいと、親方は力強く、琴勇輝を激励していました。
 千秋楽の相撲を国技館で観戦しました。今日は、知り合いの方のはからいで、正面土俵の砂かぶりという席、審判長の貴乃花親方の隣で、相撲を観戦させてもらいました。
 そこから見る相撲は、これまで見た相撲とは全く違うものでした。目の前で、仁王立ちの横綱白鳳が土俵入りをします。びんづけ油の匂いがします。力士のまく塩が飛んできます。大男同士のぶつかり合いの迫力に驚くばかりです。荒い息づかいが伝わってきます。力士の肌がつやつやし、化粧回し姿の美しいこと。
 今日は、国技館で3回見る場所を変えて観戦しました。見る位置や距離、角度、見る人の感性などによって、同じ相撲でも全く違ったものに見えます。相撲に限らず、すべてのことは、視点によって、今日の相撲のように、全く違って見えるはず、心しなければいけないことです。
 今日も、小豆島出身で東京在住の大勢の方々が応援に駆けつけてくれました。地元の小豆島でも相撲の話で持ちきりです。相撲には不思議な力があるように思います。相撲は、激しいスポーツであって、神事です。力士は、郷里や母校の代表であり、人々の気持ちをひとつにする不思議な力があるようです。
 琴勇輝は、小学生のころからの夢を着実に実現してきています。夢が実現するために必要なことは、夢は叶うと信じ、一生懸命に努力を続けることです。相撲に限らずすべてに共通する真理です。琴勇輝は、ひたすらこの真理を実行しています。
 琴勇輝を見ていると、小豆島の未来が重なります。琴勇輝に負けないよう、小豆島も元気を目指して、一生懸命に頑張らなければなりません。来場所は、いよいよ幕の内を目指しての王手の大阪場所。小豆島からジャンボフェリーに乗って、大勢の人が応援に行きます。頑張れ琴勇輝。負けるな小豆島。(平成24年1月22日)

オリーブの化粧回しを
着けて土俵入り


気合十分の琴勇輝


激しい突っ張りで攻めます


場所後の祝賀会
(左から琴奨菊、琴欧州、琴勇輝)

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第447回 「食」で島を元気に


 どうしたら小豆島が元気になれるか。そのひとつは、「食」を通してできると思います。現に、小豆島は醤油、佃煮、素麺、ごま油などの食品産業の力でここまで発展しました。
 「食」で島を元気には、もちろん2次産業としての食品産業がもちろん含まれますが、ここでは、1次産業としての農業、農産物を加工する2次産業、地産の農産物を利用したレストラン展開などの3次産業、たしてもかけても6になる、6次産業としての「食」で地域を元気にしようという話です。
 「食文化」という言葉があるほど、「食」は、元来人々の生活に根ざしたものであり、地域に根ざしたものです。地域には地域特有の農産物があり、地域ごとに地産の農産物を活かした料理、食生活、食文化があります。
 京都ともなれば、京料理を求めて、世界中から観光客が訪れるようになります。そこまでにならなくても、各地の民宿の地産の食材の料理も、無名でも、立派な食文化であり、立派な6次産業です。
 温暖な気候の小豆島は、海の幸、山の幸、畑の幸に恵まれ、まさに6次産業、「食」で地域を元気にできるのに、どうも必ずしも、そういう取組みを体系的、集中的、連続的に行ってこなかったように思います。宝の持ちぐされです。
 高松で開かれた、かがわFOODセミナー(主催百十四銀行)でデザイナーフーズ株式会社の市野真理子さんが、私が考えていることと同じことを、最先端の食品企業(野菜卸しの企業)がビジネスとして、これからの潮流として考えていること、かつ、そのことに科学的根拠(エビデンス)があることを、理路整然、データに基づいて話されました。
 問題提起は、「医」「食」「農」「工」が連携・連鎖し、「食」で、科学的根拠に基づき、健康長寿を延伸して、人々が最期まで健康で充実した人生を送れるとともに、この国の最大課題である医療費と介護費を削減しようというものです。
 平均寿命(83歳)から健康寿命(75歳)を引いた8年は、脳梗塞後の麻痺、骨粗しょう症などによる筋力の低下、認知症の進行など、医療費と介護費の増加の要因になっています。医療費と介護費の伸びを抑えることは、若者の負担を軽減し、日本と地方が元気になるために必要不可欠なことです。
 老化やガン・生活習慣病の原因は、活性酸素が体内で増加することにあります。活性酸素の増加を防ぐためには、抗酸化物質をたくさん摂取することが有効であることは医学的に解明されています。
 市野さんは、たくさんのデータと科学的根拠(エビデンス)をもって、地産の旬の野菜には力があり、美味しいものが体によい、例えば、ほうれん草なら、旬のときが一番美味しいばかりでなく、抗酸化力も一番高く、体にもよいことを示されました。
 日本は、各地域が地産地消の食文化と各地域の特色ある文化・伝統を築き、発展してきました。市野さんの話は、日本人が長い時間をかけて築いてきた食文化・食生活が、人生を健康にして充実してまっとうできる最高の知恵であったことを、科学的根拠をもって話しておられるのです。
 さて結論です。オリーブには、オレイン酸、ポリフェノールなどの抗酸化物質がいっぱい含まれています。オリーブを活かした食生活の普及こそが健康長寿の実現につながります。オリーブトップワンの小豆島には、オリーブを生産し、加工し、さまざまな分野での活用、オリーブを活かした料理、機能性食品、オリーブハマチやオリーブ牛、オリーブの景観を楽しむことなど、限りない可能性があります。オリーブの持つ可能性は、6次産業にとどまるものではないのです。
 オリーブの「食」で島が元気になる取組みを、本格的かつ徹底的にやりましょう。そのために内外の知恵と力を本格的かつ徹底的に集めましょう。地域が元気になることから日本の再生が始まります。(平成24年1月22日)

小豆島のオリーブ


たわわに実ったオリーブの実


小豆島高校の
オリーブ料理フェスティバル


収穫したオリーブを
学校給食で食べるこども達


小豆島町食生活改善推進協議会の
皆さんによるオリーブの
家庭料理普及会


オリーブハマチ(香川県提供)

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第446回 島開き法要


 小豆島に本格的な春の遍路の季節が到来しました。兵庫県但馬から大勢のお遍路さんが来られ、土庄(とのしょう)港から島に上陸、地元の山伏に先導されて、御詠歌連、霊場寺院住職、白衣姿の草壁保育園園児らとともに、総勢400人が港から霊場総本院までの約800メートルを練り歩き、総本院で小豆島88ヶ所霊場島開きが行われました。
 練り歩きを見るのははじめてでした。哀愁を帯びた御詠歌や鈴の音が響き、今年も島にやってこれたというお遍路さんの喜びと迎える島民の温かさが伝わってきます。島遍路の持つ本質を垣間見ることができました。
 小豆島には、四国88ヶ所霊場と同じように、島88ヶ所の霊場があります。讃岐の国の出身である空海は、京都と四国の往来の途中、小豆島に何度か立ち寄り、修行を積んだと言われています。その深いいわれから島に88ケ所霊場があります。 私が、40年ぶりに戻って見る、ふるさとの寺院のひとつひとつは、海と山の景勝の地にあって、厳かで、きれいに守られ、趣きにあふれています。これほどのものは、どこにでもあるというものではありません。見る人が見れば、今日のような人々の交流のあり様とあわせて見ると、これぞ世界遺産に値するほどの価値のあるものであると思います。
 お遍路さんの中心は、兵庫県、鳥取県などの農家の方々です。江戸時代のころから、農閑期のこの時期に、小豆島88ヶ所霊場のお遍路に来られています。こどものころ、お遍路さんが、そばを通りかかると「お遍路さん豆ちょうだい」と声をかけたものです。内気な私はもちろん、大勢のこどものなかの一人として、黙って豆をもらっていました。今は、このような光景はほとんどなくなって、マイクロバスなどを活用してのお遍路が中心です。お遍路さんの数も減り(それでも今年も3万人の遍路さんが来られると予想されています)、高齢化していますが、もう一度、これまでとはかたちを変えた、お遍路さんブームがくるように思います。
 現代文明は、ひたすら科学技術を向上させ、工業化、都市化、国際化してきました。その結果、人々の生活は、物質的には飛躍的に豊かになり、効率的なものになりましたが、その一方で、こころの面では、逆に空虚さが広がってしまいました。失われた大切な何かを求めて、再び大きな価値観の転換が始まろうとしているように思います。
 小豆島をはじめとする瀬戸内海の島々は、海が交通の中心であった時代は、それこそ島々こそ都会だったのですが、海の衰退とともに発展から取り残されてしまいました。そのおかげで、島々には、輝いていたころに築かれた文化や伝統が、壊されることなく、かろうじて残されています。
 小豆島88ヶ所霊場はその代表です。山岳にある厳粛な霊場をはじめ、ひとつひとつの寺院の存在、それらを通した人と人の交流、アートをはじめとするさまざまな新しい取組みとの調和など、再び脚光を浴びる日が来ると思います。
 海で隔てられていることは、発展という視点からはハンデイキャップでもありますが、海を渡るという行為には、人間にとって特別な意味があるように思います。海から誕生した人間にとっては、島を訪ねることは、ふるさとを訪ねるような意味があるように思います。
 海に囲まれて、かつ、800メートルもの高さの山があって、圧倒されるような渓谷や巨石が島中にある小豆島には、人の力を超える神秘的なものが宿っているように思います。空海が、この島で修行し、その結果、88ヶ所の霊場ができ、長きにわたり遍路が続けられているのは、決して偶然ではないように思います。
 小豆島のこの古き神秘的な伝統を大切に守りながら、小豆島の新しい可能性を引き出す努力が必要です。小豆島が88ヶ所もの寺院を建立できたのも、島にそれだけ経済的な力があったからです。島が元気になることも遍路が続くために必要だと思います。(平成24年1月21日)

地元の山伏の皆さん


小豆島霊場各寺院の住職の皆さん


交通機関、観光施設の方など
たくさんの人が出迎えました


上陸の様子


地元の山伏に先導されて
練り歩きました


歓迎の花束贈呈

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第445回 香川の大学の力


 香川県内の大学をはしごしました。香川大学とは、すでに新しい病院をどう作っていくか、海苔の色落ちをどう解決するか、オリーブの加工技術をどう高めるかなど、いろいろな分野で、アドバイスをもらったり、指導をしてもらったりしています。
 今日訪ねたのは、善通寺の四国学院大学と宇多津の香川短期大学です。地方が自力で元気になるためには、さまざまな知恵が要ります。役場の知恵だけでは不十分だとすれば、他にある知恵を借らねばなりません。頼りになるのは、地方に密着している大学の力です。小豆島には大学はないので、県内にある大学の力を借りない手はありません。
 香川県には、香川大学に限らず、想像以上に知恵にあふれた先生方がいろいろな大学におられます。これらの先生の知恵が、小豆島が元気になる糧になります。
 四国学院大学でまず訪ねたのは村田哲康教授。社会福祉を専門にされ、厚生労働省に勤めているときから存じあげています。村田先生には、今、小豆島の医療と福祉の抜本的見直しのアドバイスをしてもらっています。
 次にお会いしたのは西村和宏先生。昨年から香川県に来られた、まだお若い新進気鋭の先生です。専門は演劇論です。西村先生にお願いしているのは、島民が演じる「二十四の瞳」の演技指導です。青年団の演劇活動の中心だった照木秀公さんが亡くなったあと、演技指導をする人が不在になっています。西村先生にその役をお願いするという大胆な話です。西村先生は、知る人ぞ知る人で、全国各地で市民演劇の指導や斬新な演劇ワークショップなどを展開されています。期待も大きく、とても多忙な方です。これまでにない「二十四の瞳」が生まれ、小豆島の活力、魅力がまた高まると思います。
 須浪敏子先生。須浪先生は実は小豆島の出身です。先生は文学が専門ですが、壷井栄さんの研究もされています。小豆島のキリシタンの歴史にも関心をお持ちだと聞きました。須波先生には、ふるさとの分教場の教室で壷井栄の作品と「二十四の瞳」の現代的意味などについて、講演をしていただこうと思っています。
 ご存知、田尾和俊先生。恐るべき讃岐うどんブームの仕掛け人です。田尾先生の意見は、発想が斬新であるだけでなく、的を射ていて、いつも参考になります。今回度肝を抜かれたのは、日本の自治体のトップが例外なく、人口減少を不可避、前提としたまちづくりの発想に陥っていると指摘されたことです。例えば、ラスベガスは人口がちょうど小豆島くらいの砂漠のまちであったのが、あっという間に、世界で知らない人がいない大都市に変身しました。田尾先生の話は、いつも「目から鱗」です。人口を増やすことは、既存の枠内の発想では実現できません。コペルニクス的な発想で、どうしたら人口増加する小豆島が実現できるか考えてみます。
 香川短期大学では名誉学長の北川博敏先生にお世話になっています。北川先生は農学が専門ですが、食育による健康づくりに取り組んでおられます。かねてからオリーブが健康にいいことを提言されておられ、今年、北川先生の知恵をかりて、オリーブを活かした健康長寿づくりに本格的に取り組むことにしています。
 今日は、竹安宏匡先生にお会いしました。竹安先生は、冷凍食品で知られた「加ト吉」を研究分野で支えられた方です。退職後は香川短大で教鞭をとられています。竹安先生には、小豆島の食品産業が人口減少のなか、勝ち抜いていくために必要なことを、竹安先生の経験も通して、アドバイスしていただこうと思っています。今日うかがっただけでも、日本人の食の嗜好は実はとても保守的であること、古きよき食をどう現代風に変えていくかがポイントであること、気をてらった商品は一時的にヒットすることがあるが、結局は食生活に根ざしたものが長続きすること、年売上げ10億円を超える企業10社くらいが横のネットワークをはることで他地域と対抗できるようになること、オリーブは機能性の面で可能性が高いこと、国内市場には限界があり国外市場を視野におくこと、事業用のマーケットを押さえておくことがつぼであることなど、次から次へと、食品産業のおさえておくべきポイントを話していただきました。3月20日に小豆島で「小豆島のこれからの食品産業の課題」をテーマに講演していただくことを快諾していただきました。
 今日は、いろいろな分野で活躍されている諸先生方のとても知的で刺激に富んだお話をお聞きし、とても楽しい1日でした。たくさんの先生方の知恵と力をお借りして、これから小豆島は元気になっていかねばなりません。これからのいろいろな展開を思うと、気持ちがわくわくしてきます。(平成24年1月18日)

四国学院大学のキャンパス
(写真提供:四国学院大学)


香川短期大学のキャンパス
(写真提供:香川短期大学)


醤油産業の現場


佃煮産業の現場


素麺産業の現場


企業の研究風景


演劇「二十四の瞳」


島民の皆さん手作りの演劇です

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第444回 阪神淡路大震災の日


 17年前の今日、1月17日午前5時46分、阪神淡路大震災が起きました。被災者供養のために行われる「西の滝」の護摩供養に参列しました。護摩とは、サンスクリット語の「ホーマ」、火の儀式のことです。壇上に木を積んで燃やして、被災者を供養しました。
 寒さの厳しい冬のまだ夜明け前。空には三日月、満天の星空の下、西の滝に向かいました。
 阪神淡路大震災のときは、被災地西宮に住んでいたという小林住職。助けを求めようにも救急車が身動きできず、住民同士で助け合うしかなかったと、その日の様子を話してくれました。
 昨年は、阪神淡路大震災を上回る東日本大震災がありました。小豆島でも、いつなんどき想定外の災害が起きるかもしれません。
 この世はなんと不条理なことでしょう。宗教的な儀式に何の関心もなかった私が、ふるさとに戻ってからは、いつのまにか、宗教的な儀式の持つ力に惹かれるようになっています。
 暗闇のなかに燃えさかる火を目前にすると、心身の中で何かが生まれるようです。火には不思議な力があります。火の神が火と煙により、悪霊や不浄なものを焼き払うと言われていますが、火を見ると、ホルモンの分泌が促進され、人の心と身体に変化がもたらされる、火の力は科学的にも研究されています。
 小豆島には、西の滝だけでなく、山岳にある霊場などにおいて護摩供養が行われています。先日も、小部(こべ)にある恵門乃不動を訪れ、護摩供養をしていただきました。 恵門乃不動は、石の階段を上り、鉄鎖をよじのぼった絶壁の中腹に御堂があり、 巨大な洞窟のなかに厄除け不動があります。暗闇の洞窟のなかで護摩供養が行われています。
 空海は、小豆島に来て、西の滝や恵門乃不動で修行したと言われています。小豆島には、その縁もあって島88箇所の霊場があり、島外から大勢の遍路さんが来られています。農閑期の初春、まもなく島に鳥取県、兵庫県などから、家内安全、豊作などを願う遍路さんの季節が訪れます。
 小豆島の山々には不思議な霊が宿っている、感じるという人が少なくありません。映画「八日目の蝉」の隠されたテーマでした。
 西の滝での護摩供養を終えると、空も白みを帯びはじめ、眼下に瀬戸内の海と三都(みと)半島が見事に調和して広がっていました。こんな珠玉の景色のなかで、小豆島の日常生活の営みが始まります。
 人は、泣いたり、笑ったり、喜んだり、悲しんだりして、生きていきます。小豆島では、自然と神様が、そんな私たちを、いつも癒してくれ、励ましてくれます。平成の新しい「遍路」が小豆島で生まれるように思います。(平成24年1月17日)

「西の滝」の護摩供養


夜明け前の「西の滝」
空に三日月が見えます


夜明けの瀬戸内の海と
三都半島を望む


西の滝から望む日の出


恵門乃不動

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第443回 第6回福祉医療推進会議


 第6回目の福祉医療推進会議が開催されました。少しずつですが、これから小豆島町、小豆島の高齢者福祉をどのように作っていくかが、形を表しはじめています。
 しかし、今日の意見にあったように、こんな政策が必要になる、こんなものを実現したいということは、少し明確になってきたと思いますが、さて、それを具体的にどう実現するのか、単なる絵ではないことを具体的に説明することが必要です。
 課題であった地域活性化総合特区も、地域医療再生基金交付金も認めてもらいました。国、香川県の理解と協力は、もうこれ以上はないというほど、整ったと思います。後は、小豆島町として、具体的にどう取り組むか、目標とそれを実現する道筋をはっきりさせねばなりません。
 何度も繰り返し書いてきたように、小豆島の医療と福祉をよくすることは小豆島の島民の安心のために不可欠であるだけでなく、小豆島のこれからの若者の医療や介護の負担が過大にならないこと、医療や福祉の水準が高いことがこれから島外の大勢の皆さんに小豆島に定住や交流してもらうために不可欠です。
 小豆島の新しい病院で質の高い医療を提供できるようになることが小豆島再生の突破口になると思います。幸いそのことを理解してくれる方々が多くなってきたことを嬉しく思います。
 これとあわせて必要なことは、在宅での医療や福祉を向上させることです。今日の論議では、絵に描いた餅ではないかという意見も出されました。マンパワーと拠点整備が必要です。それなりの財源の投入も必要です。財源が必要ですが、今なら十分対応可能だと思っています。
 マンパワーの確保は、若者たちをはじめ、多くの人の雇用の場になるでしょう。福祉や医療をよくするためには専門性も持つ多くの人材が必要です。
 配食サービスなどは、マネージメントなどの専門スタッフとともに、地域の協力、多くのボランティアの応援も必要です。今のままの体制でできることではありません。
 当然のことですが、役場のスタッフ、行政だけで新しい取組みは実現しません。地域の皆さんや組織、団体にも本気で取り組んでいただくことが不可欠です。
 島民の皆さんにこうした取組みに参加してもらわねばなりません。分野のごとに目標をたて、それらをどう実現していくか、いよいよ具体的に論議し、結論を得ていく作業を、推進会議を通してしたいと思っています。(平成24年1月16日)

  • 第6回 小豆島町の福祉と医療の推進会議資料

第6回福祉医療推進会議


内海病院の現場の様子

地元老人クラブのサロン活動
保健師による食中毒の注意啓発


片城地区秋葉会のお月見会

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第442回 「八日目の蝉」が日本アカデミー賞を総なめ


 昨年1年間に公開された日本映画のなかでの優れた作品、俳優などを表彰する日本アカデミー賞優秀賞が発表されました。嬉しいことに小豆島を舞台にした「八日目の蝉」(成島出監督)が12部門で13受賞しました。
 優秀主演女優賞に井上真央さんが、助演女優賞に永作博美さんと小池栄子さんが、新人俳優賞に渡邊このみさんが選ばれました。
 井上さんは、まさに脂ののってきた、伸び盛りの女優さんですが、「八日目の蝉」では、生きることを前向きにとらえる、主人公の意思の強さを、見事に目の演技でこなされました。
 永作博美さんは、知る人ぞ知るという演技派の女優さんですが、私はロケ中に初めてそのことを知りました。主人公の喜びと悲しみを役柄になりきった演技を見て涙がとまりませんでした。
 小池さんは、主人公に寄り添うジャーナリスト役でした。私は、女性ジャーナリストを何人か知っていますが、親しい女性ジャーナリストの雰囲気そのもので驚きました。
 渡邊このみさんは、わずか5歳です。成島監督は、最も気をつかったキャステイングで、彼女に出会ったことで、映画ができたと言っておられました。史上最年少の受賞です。
 そのほかの受賞は、監督、脚本、音楽、撮影、照明、録音、美術、編集と、映画づくりに不可欠な各分野総なめでした。
 嬉しいことは、これらは映画づくりの裏方というべき分野での受賞であることです。映画は、ややもすれば俳優さんと監督が脚光を浴びがちですが、映画は裏方を含めた関係者全員の力があってはじめて出来上がるものです。
 映画「二十四の瞳」(木下恵介監督)で主役の大石先生を演じた高峰秀子さんは、いくつも優れた随筆を書かれていますが、繰り返し繰り返し、映画の出来不出来は裏方次第と、裏方の方々の大切さを書かれています。
 日本映画が衰退している本当の理由は、優れた裏方さんが少なくなってきたことにあるという話を、高峰さんの養女でジャーナリストの斎藤明美さんからうかがったことがあります。その意味で、「八日目の蝉」の裏方の方々が、日本アカデミー賞を総なめにしたことは、この映画が本当に意味で評価されたことを意味します。
 これから小豆島を元気にという取組みも裏方の方々が輝くものでなければならないと思います。日本の再生も、裏方の方々が輝けるようになることが不可欠だと思います。(平成24年1月16日)
映画「八日目の蝉」撮影風景
岬の分教場でのシーン


福田港でのシーン


中山農村歌舞伎舞台でのシーン


撮影時のスタッフの皆さん

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第441回 東京にて④大相撲


 大相撲の琴勇輝の応援に国技館に行きました。観戦の前に佐渡ヶ嶽親方に会いました。琴勇輝の部屋の親方です。
 琴勇輝は、佐渡ヶ嶽親方という素晴らしい親方に恵まれました。琴勇輝は、親方がはじめて育てた関取です。琴欧州、琴奨菊という、これまた素晴らしい兄弟子は、先代親方(元横綱琴桜)が育てた関取です。
 今、佐渡ヶ嶽親方と相談しているのは、秋10月の大相撲の小豆島巡業です。琴勇輝はそのころきっと前頭にあがっているでしょうし、大相撲の巡業が小豆島が元気になる象徴になるだろうと思っています。
 高齢者にとって忘れられない思い出になるでしょう。琴勇輝と同じように相撲が大好きな子どもたちが島にはいます。励みになるでしょう。島がひとつになって、島おこしとしての大相撲の小豆島巡業の実現に向けて準備中です。
 今場所の琴勇輝は、一皮むけたように白星を重ねています。今日も白星と思っていたら、はたきこみで負けてしまいました。親方から、今日の相手には頭からいったらはたきこまれるぞとあれほど言われたのに、頭から突っ込んでしまったようです。
 私にもよくあるのですが、直前までああしなければいけないと思っていたにもかかわらず、その瞬間に忘れさってしまうのです。今日の琴勇輝もきっとそのパターンに違いありません。明日からまた出直し、前に向かって、押して、押していくしかありません。
 ところで土俵のそばで見る大相撲の迫力と真剣味には驚かされます。とりわけ白鵬の、哲学者のような黙想する表情と、立会い寸前に見せる勝負師としての気迫に満ちた鬼のような表情のコントラストは見事としかいいようがありません。
 稀勢の里の気迫のこもった相撲、ほとんど負けたと思った瞬間にきわどく反転し、勝った相撲は、彼のなみなみならぬ非凡さを示しています。
 琴勇輝が尊敬してやまない琴奨菊は今日も負けてしまいました。がぶり寄りを信条とする琴奨菊の相撲は不器用なものです。ひとつ歯車が狂うと調整が難しいようです。新大関昇進の多忙さの疲れがでているのかもしれません。土俵に上がる前に目をつぶって、心を落ち着けている彼の姿を見ると、人柄が伝わってきます。時間がかかっても横綱を目指してほしいと思います。
 琴勇輝を通じてすっかり大相撲ファンになってしまっています。大相撲を見ていると、今まで見えなかったものが、いろいろ見えてきます。あれほど、鍛え抜いた大柄な力士が一瞬にかけて、丸い小さな土俵の上で激突するのです。土俵の上には、人生のさまざまなものが凝縮されています。それでいて、完成された形式美もあります。スポーツであって、神事でもある相撲、大相撲は日本がなくしてはならない宝物です。(平成24年1月12日)

大相撲の琴勇輝


オリーブの化粧まわしでの土俵入り


佐渡ヶ嶽親方(左)、大関琴奨菊(中央)、
放駒理事長


稀勢の里

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第440回 東京にて③福島・地域活性化総合特区・電気自動車


 福島県選出の衆議院議員を訪ねました。あいにく先生はおられませんでしたが、親しくさせてもらっている政策秘書の方、同席された福島の記者の方に福島県の状況をうかがいました。
 私は、まだ被災地を訪ねていませんが、時折この先生の事務所に立ち寄っては、状況をうかがっています。
 政府は、福島第一原発事故の収束宣言をしましたが、原子炉の中の状況を確認もできていなのに収束宣言したことに批判的でした。例え話は危険ですが、車同士の衝突事故でクラッシュした両方の車を外部からだけ見て、事故を判断しているようなものです。どんなに厳しくとも、現実と向きあわなければ、不信感が増すばかりです。「言葉遊び」ではなく、必要なのは真の対策です。
 いずれにしても、首長の存在、責任が災害の予防、復旧、復興にいかに重たいものであるか、福島県の状況を聞いて、痛感するばかりです。

 内閣府の地域活性化統括事務局の和泉室長を訪ねました。昨年末、地域活性化総合特区として小豆島の取組みを認めてもらったお礼です。
 特区として指定されたのは香川県全域です。そのなかの「あんこ」にあたるのが小豆島です。医療と福祉の取組みを通して地域活性化を図ろうというものです。香川県の取組みは、K-MIXという医療情報システムを通して、島嶼部など医療過疎地の医療の向上を図ろうというものです。
 小豆島の取組みはそれにとどまらず、ふたつの公立病院の統合、あわせて在宅医療、在宅福祉の充実、高齢者の移動支援などさまざまな取組みにより、小豆島の福祉医療をよくすることで、安心安全を確保するだけでなく、島の魅力を高め、島の人口減などに歯止めをかけようとする「意欲的」なものです。その取組みを特区構想として認めてもらったものです。特区の指定期間は5年なので、これからの5年間、特区構想の実現に取り組みます。
 人口減と少子高齢化がこれほど進む中では、国の社会保障を充実しようとしてもできないのが現実です。地域の人の力を活かして、地域の力を強くすることでしか問題を解決できないと思います。どうすればそれができるか小豆島で実践して全国に発信してみようと思っています。

 特区とも関連するのですが、小豆島で電気自動車の普及、アピールができないか、関係方面を訪ねました。環境問題もこれからの大きな課題です。電気自動車はCO2問題解決にも貢献します。来年は瀬戸内国際芸術祭も開かれます。芸術祭を通して環境の島小豆島をアピールできないかと考えています。
 芸術祭期間中に限らず、例えばジャンボフェリーとの組み合わせができれば、電気自動車の可能性は格段に広がるでしょう。なぜなら電気自動車の今のところの課題、走行距離と充電時間、この両方をジャンボフェリーなら解決できるかもしれません。加藤ジャンボフェリー会長によれば、ジャンボフェリーには無人の冷凍車の利用のために電源が用意されているとのこと、神戸と坂手の3時間の間に、電気自動車は十分に充電でき、電気自動車は、京阪神と小豆島を結んで、その行動範囲を大幅に広げることができるでしょう。環境の島、小豆島の観光は環境にやさしい電気自動車が似合います。
 何よりも、高齢者の移動応援、一人暮らしの高齢者のための配食サービス、ヘルパーなどの在宅サービスなど、環境にやさしい電気自動車は、これから福祉の課題解決に挑む小豆島の魅力を高めることができるでしょう。地域活性化総合特区、瀬戸内国際芸術祭など、あらゆる機会、ものを通して、小豆島から、福祉、環境、観光などの新しい可能性を発信できればと思います。(平成24年1月12日)


福島県 冬の猪苗代湖


猪苗代湖のしぶき氷


2010年の瀬戸内国際芸術祭


たくさんの高齢者の方が
元気に活動しています
(写真は、介護予防サポーター養成講座)


電気自動車

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第439回 東京にて②坂手港の整備


 国土交通省林田技術総括審議官を訪ねました。前港湾局長です。林田さんとは、環境省大臣官房総務課長のころから、公私とも、馬が合って、親しくさせてもらっています。
 港湾局の仕事は、港湾整備ですから、環境行政とも深く係わっています。そのひとつに、あまり知られていないかもしれませんが、港湾を廃棄物の最終処分場として整備することがあります。
 私は、厚生省、環境省を通して、廃棄物の仕事を長くしました。阪神淡路大震災の復興が順調だったのに比べ、東日本大震災の復興が遅れている理由のひとつは、がれきなどの処分場があるかないかの差です。阪神地区には、大阪湾に広大な処分場があったのです。このプロジェクトを進めたのは、かつての運輸省港湾局と廃棄物行政を担当していた厚生省でした。計画時には反対もあったのですが、後年この処分場が被災地復興を助けました。
 林田さんには、今回、神戸からのジャンボフェリーの着く坂手港の港湾整備についてアドバイスをいただきました。坂手港の港湾設備がジャンボフェリーの構造にあっていないため、高齢者などの利用が不便であり、船の遅れの原因になっているので、何とか早く港湾整備をお願いしていました。
 林田さんのアドバイスもあって、坂手港の港湾管理者である香川県が24年度に、国の補助も得て港湾整備をしてくれることが内定しました。浜田香川県知事から先日、その旨のお話をいただきました。ありがたいことです。
 林田さんといろいろ話しました。国と都道府県と市町村の役割分担です。二人の意見が一致したのは、これからは国と市町村の役割が重要だと言うことです。広域行政としての都道府県の役割が、今までは道路、空港などいろいろありましたが、社会資本整備がある程度整った今、都道府県の役割は、医療提供体制の整備などにあると思います。都道府県という単位の意味、役割が問われ、市町村が自立して頑張らなければならない時代が来ています。
 東日本大震災でわかったことは、都道府県をまたぎ広域にわたる国の整備局の役割の重要さです。私は、社会資本整備は、都道府県に権限をおろすよりも、国の機関に人材も含めて一元化する方がより効率的かつ効果的であり、国民にとって安心できるように思います。技術者集団がきちんと一定の規模で存在することが不可欠だと思うのです。
 時代は劇的に変わろうとしています。国、都道府県、市町村の役割も劇的に変わらなければならないと思います。脱皮できない蛇は死んでしまいます。大阪都などの動きも、賛否はあるでしょうが、変わらなければ大阪が死んでしまうでしょう。私たちも、大阪とは違ったかたちですが、変わらなければ死んでしまいます。(平成24年1月12日)

ジャンボフェリーの着く坂手港


ジャンボフェリー


たくさんの乗船客で賑わう坂手港


乗船時の様子

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第438回 東京にて①厚生省賀詞交換会


 今年初めての上京です。今回も雑多なことをこなしました。
 旧厚生省OB中心の新年賀詞交換会に出席しました。旧厚生省は、ここ数年逆風続きでこの会も3年ぶりです。
 この会は、私が現役のときは、御用始の日の夕刻、省内の講堂で、それこそ、OBだけでなく、現役、マスコミを含め、民間企業、民間団体などの皆さんがこぞって集まり、談笑し、情報交換する場でした。私などは、毎年、この会でいろいろな人に会えるのを楽しみにしていました。
 しかし、時代が代わり、いつの間にか、このような交流は、官民癒着、天下りの温床であると批判され、省内での開催ができなくなくなり、いつのまにか開催すら許されない空気になってしまいました。
 私も身内の人間なので、甘いのかもしれませんが、私の知る限り、厚生省の先輩も、同僚も、後輩も、それは誠実に、一生懸命に、昼夜を分かたず、厚生行政をよくしようと奮闘していました。政治家やマスコミによって事件とされた事案ですら真実は報道されていることとは違うように思います。私自身も、充実した環境のなかで、鍛えられ、成長できたと思います。
 相変わらずマスコミでは、横柄で、自己中心で、省益ばかりをおいかけ国を駄目にする官僚像を国民に伝えています。実像との余りの違いに、これではこの国はいつか駄目になるしかないとすら思います。
 厚生行政について言える問題点は、厚生官僚の発想では対応できないほど、人口減少と少子高齢化の変化が厳しく、それに対する大胆な方針を打ち立てられないことです。そして、厚生官僚以上に、政治家の方が、もっと変化に対応できていないように思います。社会保障と税の一体改革の論議を聞いていてそう感じます。
 久しぶりの会、私にとっては、懐かしい先輩や同僚に会えて近況を報告できるいい機会となりました。小豆島を知らない人はもちろんなく、この世代の人は「二十四の瞳」のこともオリーブのことも、皆さん知っていて、私の町長就任を喜んでくれました。
 残念なことは、現役の人たちの出席が少ないように感じました。かつて現役は、OBから見て、困難な仕事に立ち向かう責任感と自信に満ち満ちた頼もしい存在でしたが、今は後輩たちがどことなく憔悴してみえます。
 人口減少と少子高齢化に対応する政策の立案と実行の中核になる人々から、困難に立ち向かう勇気や気迫を奪ってしまう政治とは、一体何なのでしょうか。マスコミ、政治家の官僚批判に呼応して拍手喝采する国民とは一体何なのでしょうか。「政治主導」を合唱し、その実、国をますます衰退においこんでいるのは、一体誰なのでしょうか。
 厚生労働省をはじめ霞ヶ関で働く機会をいただいたことを感謝し、自分のなした仕事を誇りに思います。そして、大多数の官僚たちがそれぞれ最善とも言うべき努力をして、仕事に取り組んでいたことを証言します。このままでは、官僚に本当に頑張ってほしいと思ったとき、本物の官僚がどこにもいなくなってしまっていることが危惧されます。(平成24年1月12日)

国会議事堂


議員会館


霞ケ関官庁街


厚生労働省

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第437回 聖徳太子講


 小豆島は良質な石の産地です。大阪城や江戸城などの城石に小豆島の石が使われているだけでなく、小豆島には100キロを超える猪垣、棚田、桟敷など、石の文化がいたるところに残されています。
 小豆島の石の産地の中心は、福田地区や当浜地区です。昨年の11月、旧福田小学校で「小豆島石の歴史シンポジウム」も開催されました。天狗岩など、大阪城の石切り場が、今も生きているかのごとく、当時のまま残されています。来年の瀬戸内国際芸術祭では、このあたり一帯で石の文化を活かした作品の展開が予定されています。
 福田地区で聖徳太子講が9日開かれました。石の産地と聖徳太子とどんな関係がと思われるでしょう。聖徳太子は、天才であり、技術者としても知られています。石屋、石工の仕事は、早朝から日暮れまで遅くまで続く重労働であり、常に危険と隣り合わせであったため、安全と技術向上への信仰心には深いものがありました。
 そんな石工たちが大切にしてきた行事のひとつが、聖徳太子講です。聖徳太子を技術、匠の神様として信仰するもので、正月、5月、9月に法隆寺からいただいた聖徳太子の掛け軸を床に掲げ、技術の向上や作業の安全を祈る祭りです。講とは同じ信仰を持つ人々の集まりのことです。
 正月9日は、「山の神様の祭」でもあります。愛媛県大三島にある大山祇(おおやまづみ)神社が総本山で、作業の安全を祈願する石工の初祭りが行われていました。福田にも分身である「山の神様」が存在し、正月9日に神事が行われています。
 ふるさとに戻り感じることは、島のいたるところに神様がおられると人々が信仰していることです。来年の芸術祭に向けて、地域の皆さんと一緒になって、知恵を絞り、力をあわせていきます。きっと、神様が、小豆島が元気になっていく様子を見守ってくれるでしょう。(平成24年1月9日)


大正時代の石切丁場


現在の石切丁場(当浜地区)


昨年11月に開催された
小豆島石の歴史シンポジウム


旧福田小学校


旧福田小学校にある石彫作品


映画「八日目の蝉」の撮影風景
福田地区でのシーン

(C)2011映画「八日目の蝉」製作委員会
 2011年4月29日全国ロードショー


聖徳太子が描かれた掛け軸

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第436回 成人式挨拶


 平成二十四年の新春を迎え、これからの時代を担っていく皆さんが、健やかに成長され、立派な成人となられたことを、心からお祝い申しあげます。成人おめでとう。
 今日は、成人として社会に認められ、大人としての様々な権利が認められる、門出の日であると同時に、一人の社会人としての責任を自覚しなければならない、人生の節目となる大切な日です。
ご家族の皆様、恩師の方々におかれては、成長した皆さんの姿を見て、感無量のことと思います。成人になられた皆さんに、重ねてお祝いを申し上げますとともに、立派に育てていただいたご家族の皆様、恩師の方々に、心からお祝いと感謝を申し上げます。
 さて、成人となる意味をどう考えるべきでしょうか。私は、その意味は、「自立」だろうと思います。自立とは、文字どおり自分で立つことです。親からの自立、家族からの自立、経済的な自立、精神的な自立など、いろいろな自立があります。私が考える自立とは、自分が目指すべき夢、道、方向を決めて、そのための努力の一歩を踏み出すことです。自立のかたちは、人によって異なります。自立などできないと思われている人もいるかもしれません。そんなことは絶対にありません。人によって、さまざまな自立のかたちがあります。人の数だけ自立のかたちがあります。
 「夢は見るものではなく叶えるもの」と話した「なでしこジャパン」のキャプテン澤穂稀さんのような自立もあれば、小学生からの力士になるという夢を着実に実現していっている皆さんの仲間の今年成人式を迎える琴勇輝関のような自立もあれば、名も知れずこつこつ家業をついでいく自立もあれば、障害や病気とたたかいながら、多くの人々に感動と勇輝を与える自立もあれば、ふるさとに残ってふるさとの活性化に小さな貢献をする自立もあります。人の数だけ自立のかたちがあります。是非、成人式を機会に、それぞれの自立をみつけてほしいと思います。
 皆さんの生まれた当時、私たちのまちでは、オリーブ公園や小豆島ふるさと村のオープンなど地域資源を活かしたまちづくりを行うとともに、安全・安心な町づくりを目指した内海病院の整備など、現在のまちづくりの礎が築かれた時代でした。
 それから20年。わたしたちのまちは、今大きな転換点を迎えています。それは小豆島の素晴らしい自然や人情、文化、伝統など、小豆島の宝物を守り、見つけ、磨き、小豆島の魅力と底力を、全国と世界に発信し、小豆島を元気にしていくという、未来に向けた転換点です。
 こんなに宝物に恵まれた小豆島の人口が減り続け、少子高齢化が進むのはどうしてでしょうか。かつては、都会の魅力を求めて大勢の人々が小豆島を離れていきました。私もそのひとりでした。しかし、今、都会でも現役世代の人口が減ろうとしています。都会にまだ魅力はあるものの、そこだけでは得られない価値の存在に、人々は気づきはじめています。そして、自然や人情、連帯感や人と人の絆の大切さに再び、気づきはじめています。私は思います。行く先に不透明感の漂うこの日本という国が、これから困難を克服して、新しい何かを見つけ、何かを作り出していくヒントや可能性がこの小豆島にあるのではないかと。
 昨年、小豆島を舞台にした映画「八日目の蝉」が公開され、大勢の皆さんがこの映画を見ました。この映画で、小豆島は、自然と人々と神様が同じ地平に一緒に暮らしている島として描かれています。今も大勢の方々が島遍路に訪れています。今年は、壷井栄さんが「二十四の瞳」を書かれて60年、映画「二十四の瞳」を作られた木下恵介監督の生誕百年にあたります。もう一度、「二十四の瞳」がテーマとした人と人の心のふれあい、平和の大切さが問い直されるはずです。日本ではじめてオリーブ実をならせたのは小豆島の自然と人々です。オリーブは平和の象徴です。
 一昨年、瀬戸内国際芸術祭がありました。そこで人々が再発見したのは、瀬戸内海とそこにある島々の魅力と可能性でした。皆さん。小豆島に生まれ、育ったことを誇りにしてください。私は、皆さんと同じ年のとき、それこそ自立を目指して、京都で学んでいました。その後東京で仕事をすることになりましたが、いつもふるさと小豆島があって自分があること、小豆島という、どこにも負けないところで、生まれ、育ったことを感謝し、誇りに思っていました。そのことが頑張れる支えとなりました。
 昨年3月に起こった東日本大震災は、私たちにとって未曾有の経験でした。そこから復興していくためには、日本全体がもう一度力を振り絞っていかねばなりません。人口が減り、少子高齢化が進み、国際的に経済の混乱が進むなかで、この国の進む先には、幾多の困難が待ち受けていますが、そのひとつひとつの困難を乗り越えていかなければなりません。
 皆さんには、日本で、世界で活躍してほしいと思います。どこにいても、ふるさと小豆島で生まれ、育ったことを誇りにし、ふるさと小豆島のことを思い続けてください。そして、小豆島を元気にする取組みに是非参加してほしいと願っています。一人一人の皆さんが、目指すべき夢、道、方向を決めて、それが実現するよう、たゆまぬ努力を、一生懸命に続けてほしいと思います。洋々たる大海原に船出される皆さんの前途に、祝福と期待を寄せて式辞とします。

 平成24年1月8日  小豆島町長 塩田 幸雄

 今年の成人式は、成人の皆さんが司会進行してとてもいい感じの成人式 でした。また、同じく成人を迎える琴勇輝からもビデオメッセージが寄せられました。 私は、20歳のとき、成人式には全く関心がなくて、自分のことで精一杯でした。それを思うと、琴勇輝をはじめ、今年成人式を迎えた皆さんにより可能性を感じます。(平成24年1月9日)

成人式の様子


今年は、新成人自身が司会を
行いました(写真は前半の部の二人)


成人証書の授与


記念品の授与


誓いの言葉を読み上げる様子


後半の部の司会の二人


琴勇輝からビデオメッセージ
も届きました


7人の新成人による二十歳の主張
全員が主張を終えると、小豆島の形
をしたイルミネーションが全て点灯し、
小豆島を輝かせる光になりました


新成人の皆さん全員で

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第435回 消防出初式


 正月といえば消防の出初式が思い出されるほど、消防の出初式は国民に定着しています。小豆島町でも消防の出初式が8日、内海(うちのみ)中学校運動場でありました。
 出初式は、江戸時代の「火消し」が正月に、縄ばしごの妙技などを披露したことに起源があるようです。いったん火事となれば、仕事の手も停めて、血気に走る火消したちがまちじゅうからかけつけて、屋根にのぼって、火を消す勇壮な時代劇のシーンが目に浮かびます。それは平成の今も、何も本質的に変わっていないと思います。
 消防団こそ、火災予防、消火活動だけでなく、地震、台風、豪雨、津波、土砂崩れなど、ありとあらゆる自然災害から住民を守る最も大事な存在です。
 これらの活動は、プロの消防署などが行うのは当然ですが、消防団という地域住民のいわばボランテイアの組織が大きな役割を担っています。
 私は、厚生労働省において長い間、福祉にかかわる仕事をし、昨年からふるさとに小豆島に戻り、首長をしていますが、最も感動したのは、この消防団という組織であり、混迷する日本がもう一度元気になるヒントは消防団にあり、消防団の根本精神が健在である限り、日本には可能性があり、逆に、この根本精神が衰退したとき、日本は本当に駄目になるだろうと思ったのです。
 根本精神とは、自分たちの地域は自分たちが守る、子どもやお年寄り、家族は自分たちの力で守るという責任感と行動力です。
 私は、長い間、社会保障の仕事をしてきました。社会保障とは、一言で言えば、助け合い、支え合いを、社会のシステムにすることです。年金、医療、介護という分野の助け合い、支え合いを、地域や家族から解放し、社会のシステムにすることが、進歩であり、民度の高さ、先進国の証であると信じてやみませんでした。きっと、それはそのとおりなのでしょうが、社会保障にすべてを頼ったり、過度に頼ったりすることはできないことであり、また、そうなれば、人間や地域社会の大切なものが失われてしまうように思うようになりました。  それは、ふるさとに戻り、消防団の活動に直にふれたときにそう思ったのです。厚生労働省風の発想でいうと、地域の消防活動が弱体化したとすれば、みんなで保険料を出し合って、消防サービスを「社会化」をしようということになります。消防サービスは公営もありえますが、民間の事業者に一定の規制の下でやってもらおうということになるのでしょう。でも、地域の防災がそんなことでいいと誰も思わないはずです。もちろん防災を、すべて税金で消防組織を作るなどとなれば、いつも防災にのみ備えているような役場になり、肝心の健全な地域社会がなくなってしまうでしょう。
 ことは、地域社会の役割、地域住民としての役割をどう考えるかという本質的なものです。素麺づくりを稼業にしている、ある消防団員の話を聞いたことがあります。素麺は、前の夜、伸ばすと、次の日明け方から日干ししなければ素麺にはなりません。明け方、消防団召集のサイレンがなったらどうしますかと聞いたら、素麺をあきらめて消防に行きますと答えられました。根本精神が地域社会を支えています。日本にとって最も大切なことは、この根本精神を守り活かして、地域社会をもう一度元気にすることだと思います。 (平成24年1月9日)

消防出初式の様子


町長表彰を受賞した団員


分列行進の様子


積載車での行進も行われました


婦人防火クラブの皆さんよる分列行進

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第434回 下山の思想


 五木寛之さんの「下山の思想」がベストセラーになっていると聞いて読んでみました。五木さんは、若いころは「青春の門」など硬派の小説を書かれていましたが、最近は「大河の一滴」「蓮如」「親鸞」など宗教的な本を書かれています。
 この本も、日本が山を登りきって、下山の時代に入ったととらえ、下山の時代の国や人間の生き方を問うものです。
 登山は、文字通り山の頂上を目指すものです。しかし、よく考えてみると登山は、頂上を極めただけで完結するのではありません。私たちは、めざす頂上に達すると、次は下りなければなりません。頂上を極めた至福の時間に、永遠にとどまってはいられないのです。登ったら下りなければなりません。
 そこで、思い浮かぶのが、江戸時代からこれから百年の日本と小豆島の人口の推移の図です。ご覧のように大きな山が二つあります。左が小豆島、右が日本。小豆島が50年ほどはやく先をいっています。五木さんの言われるように、日本も小豆島も人口面では下山の時代に入っています。小豆島にいたっては、もう50年以上前から下山がはじまっています。  五木さんのいう下山とは、人口や経済のことではなく、社会全体のこと、人間生活全体のことです。例えば、自殺者の数が13年連続して3万人をこえています。半世紀も前に、海も空も大地も農薬と核に汚染され、それでも草木は根づき私たちは生きてきました。
 もう未曾有の時代が始まっているのに、気づかないふりをしてきた、とんでもない世の中になっていると実感しながら、それを無視してきた、しかし、その知らんぷりも、もうできなくなってきたと、五木さんは書かれています。
 しかし、五木さんは、下山の時代を絶望的なものとして考えてはいません。どんなに深い絶望からも人は立ち上がらざるを得ません。下山とは、諦めの行動ではなく、新たな山頂に上る前のプロセスだと五木さんは考えます。敗戦から見事に世界の経済大国という山頂登頂を果たした今こそ、実り多き下山を思い描くべきではないかと。
 下山の途中では、登山のときに見えなかったものが見えてきます。それは遠くの海、町の遠景、岩陰の花、美しい風景を眺める、心の余裕にも気づきます。自分の来し方、行く末をじっくり考えることができます。下山の先進国に学び、成熟への道を探ることができます。日は堂々と西へ沈み、また昇ります。下山の先にも新たなスタート地点、希望があるはずです。
 小説家、宗教家である五木さんと違い、私は実務家であり、今は一地方自治体の首長ですが、今私が考えていることは、五木さんの思いに重なるところがあります。
 それは地域・地方の再生、小豆島の未来です。日本の再生は、もう一度来し方に戻る、地域・地方から東京・都会ではなく、東京・都会から地域・地方に戻ること、つまり下山することからはじまります。ふるさと小豆島に、日本の再生のヒントと可能性があるように思うのです。それは、かつての地域・地方に単純に戻るのではなく、守るべきよきものを継承しつつ、変えるべきことは大胆に変え、そこに新しい何かをそこに重ね、これからの行く末に向けての新たなスタート地点、希望、新しい地域・地方のあり方を作ることです。どんなふうに具体化できるか、皆さんのいろいろな知恵を重ねてみようと思います。(平成24年1月7日)

小豆島と全国の人口推移の図
(クリックすると拡大できます)


五木寛之さん著作『下山の思想』

小豆島の山岳霊場をご紹介します
2番札所 『碁石山』からの眺め


42番札所 『西ノ滝』


小豆島の未来
(クリックすると拡大できます)

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第433回 三人の死


 年が明けて三日連続で親しい人と身内の三人が亡くなりました。いずれも長寿になった今日ではこんなに早くという年齢です。ともに死因は肺気腫と肺がん、肺に起因する病気でした。

 横井聡さんは、香川県庁でずっと公害、環境問題に取り組んで来られた方です。私も環境分野の仕事を随分担当しましたので、横井さんとともに歩んできたといえるほど、香川県の環境の課題について、地元と中央の立場で役割分担をしてきたような関係です。
 私がはじめて横井さんを知ったのは、昭和53年で、私は20代後半の若々しい環境庁の係長、横井さんは脂の乗り切った県公害課の係長でした。職場に泊り込むくらい仕事に熱中していたころで、朝早く、横井さんから目覚ましの電話をよくもらったものです。
 その後も、いろいろなかかわりがあったのですが、難解を極めた豊島産廃問題が一応の解決をみたのも横井さんの尽力があったからです。香川県が環境問題を克服し、瀬戸大橋、空港など必要な社会資本の整備ができたのも横井さんの存在があったからです。それほど香川県に貢献された方です。
 私もふるさとに戻り、横井さんの知恵を借りて、小豆島の環境問題にもそろそろ取り組もうと思っていた矢先だったので、残念でたまりません。ご長男の「厳しい父でしたが、仕事をなしとげた父を誇りに思います」というお別れの言葉が印象的でした。

  もう一人は兄です。まだ63歳です。兄は、こどものころから、優しい人柄の人でした。これほど、地道で、謙虚な人はいないように思います。兄弟でも随分性格が違うものです。まじめに、こつこつ、中小企業の技術者として、偉くなることもなく、一生懸命働き、家庭でもよきお父さんでした。
 こどもたちも、みんな素直に、立派に育っています。こんなお父さん、男たちがたくさんいることが日本の底力なのだと思います。子どもたちが告別式のしおりに「父の深い愛情、広い心に包まれて私たちは本当に幸せでした」と書いてありました。兄と違って虚栄心だらけの私が辛い時期黙って、笑って、兄は私を支えてくれました。

  三人目は、お隣の長木達勇さんです。男ばかりの5人兄弟の長男。私の兄弟は男ばかり4人。男ばかり9人が兄弟のように遊んで育ちました。私はいわば9人兄弟の末っ子でした。今でも会えば「ゆっきょ」と 呼ばれていました。最後は一人暮らしで、どうすれば一人暮らしでも家で最後まで暮らしていけるか、失礼ながら、小豆島のこれからの福祉のモデルケースのように思っていました。

 亡くなって人はどこにいくのでしょうか。仏様になって次世代のみんなを守ってくれているのだとお坊さんが言われていました。だとすれば、ご先祖に感謝し、ご先祖が、守り、伝え、大切にしていたものを、さらに磨いて、次の世代に伝えていかなければと思います。(平成24年1月6日)

    

2010年に開催された瀬戸内国際芸術祭
の会場の一つとなった豊島


兄はこどもの頃から
釣りが大好きでした


思い出の写真の数々


ずっと私を支えてくれました


馬木にある真光寺
ここでいつも遊びました

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第432回 東日本大震災被災地支援


  昨年の東日本大震災は未曾有の被害を東日本の各地にもたらしました。小豆島町では、いろいろな被災地支援をしていますが、本質的な支援は何もできていないのが現状です。
 私自身被災地をまだ訪れられずにいます。被災地の支援のためだけでなく、首長として、いつ起こるかもしれない災害にどのように備え、起きたときどう対処すべきか、自分の目で見、自分の体で感じ、学んでおかねばならないと思っています。
 厚生省に勤めていたころ、阪神淡路大震災を経験しました。入浴対策などの担当課長として、何度も神戸の被災地を訪れました。今度の大震災の被害はその比ではありません。被災地に行かなくてはと思う一方、厳しい現実を見るのがこわいという気持ちが心のどこかにあります。
 小豆島町では、福島からの家族の受入れ、仙台の小学生の夏のキャンプ、募金などのほか、岩手県の大槌町に、支援とはいえないくらいの支援をささやかに行っています。というのは、大槌町に江戸時代の末期に小豆島から出た船がたどり着いた人々の末裔、名字も「小豆島(しょうずしま)さん」が30数家族おられて、被害にあわれたことがわかったからです。
 支援の内容は、秋長町議会議長と役場スタッフが支援物資をマイクロバスに積みこんで運んだり、慰霊祭祭壇に池田の電照菊を贈ったり、安田小学校の児童が赤浜小学校の児童に、激励の手紙や自分で選んだ本にメッセージを附けて送ったりした程度のことです。
 そこで大槌町の役場に人的支援ができないかと、ずっと考えていたのですが、建設課の守山和利係長が手をあげてくれました。1月2日に小豆島を発って、3ヵ月間の予定ですが、大槌町で漁業集落排水整備、道路災害復旧、仮設住宅周辺の環境整備を手伝うことになりました。
 有事の際に役立つのは何といっても技術系のスタッフです。彼は、立命館大学で土木工学を学び、小豆島町でも建設課のスタッフとして実績を積んでいます。大槌町の復旧、復興に役立ってほしいし、いろいろな経験、勉強をしてきてほしいと思います。
 災害は、いつ何時、どこで起きるかもしれません。小豆島町でも、昭和49年、51年と連続して豪雨があり、多数の犠牲者がでました。そのとき自衛隊をはじめ全国各地の皆さんに助けてもらいました。災害支援はあたりまえ、小豆島町が恩返しする番です。
 私自身もなるべく早く被災地を訪問し、現実に向き合わなければならないと思っています。首長としての重い責任を果たすために必要なことを学んでおきたいと思っています。(平成24年1月10日)

旧大槌町庁舎前で測量する様子


ひょうたん島のモデルとされる蓬莱島


支援物資を大槌町に届ける様子


安田小学校の児童たちによる
本とメッセージの送付


仙台の小学生の
夏のキャンプの受け入れ

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第431回 社会保障と税の一体改革


  政府の社会保障と税一体改革素案がまとまりました。素案がまとまったこと自体は評価したいと思います。1000兆円もの国の債務があり、国の一般会計の半分が借金によるような現状が長続きするわけがなく、はやく国の財政を健全化しないと、国債の暴落など予想外の事態が起きては取り返しのつかないことになります。消費税率の引上げは、早ければ早いにこしたことはありません。
 私の厚生労働省での最後の仕事は、これからの社会保障の全体像をまとめることでした。まさに社会保障と税一体改革の方向を考えることでした。ここまでの道のりとこの先の困難さを思うと感慨深いものがありますが、ふるさとの一自治体の第一線の現場に立ってみて、厚生労働省のときとは、少し違う視点でもこの問題を見るようになっています。

 

資料1 地域保障のあり方を考える視点
(クリックすると拡大できます)

 厚生労働省のころは、社会保障の役割を疑うこともなく、その充実が日本の発展に不可欠であり、少子高齢化が進むなかで、社会保険方式を基本としつつ、高齢者も負担する消費税をその財源の中心にすべきと、当然のごとく考えていました。消費税率の引上げは、先送りすればするほど、税率が高くなるだけなので、社会保障の充実のため、できるだけ速やかに行うべきだと考えていたのです。
 消費税率は、例えば、EUでは15%以上にすることがEU加盟に条件になっているように、5%のわが国は、国民の理解さえ得られれば、社会保障の充実の財源にできる十分なゆとりがあると考えていました。
 その基本的な考え方は変わらないのですが、社会保障の充実のために消費税率を引き上げるという、今回の政府の説明には違和感があります。実際、政府の提案に社会保障が充実したと国民が実感できるような政策は含まれていません。まして、すべての高齢者に7万円の基礎年金を保障するという、夢のような政策は、今回の提案とは何ら関係ないようです。


資料2 消費税の引上げを先送りすると
(クリックすると拡大できます)

  一自治体を預かって思うのは、そろそろ政治家と政府は、国の制度としての社会保障は、人口が減少し、少子高齢化が進むなかでは、国の制度としての社会保障を充実するには限界があることを率直に説明すべきではないかということです。日本全体の行き詰まり感、不透明感を一掃するのは、国がいろいろなことを行うのではなく、地方自治体、人々が、自らの力で、物事を考え、行動することが必要だと率直に説明すべきだと思います。
 人々の顔が見えないと本当の苦労は見えません。国という存在は、人々にとっては遠い存在であり、国の苦労は、国民にとって他人事です。国にできることはここまでで、後は地方自治体と地域の皆さんの力で行ってほしいと言うべきだと思います。
 人口が減り、少子高齢化が進むなかでは、人口の多い高齢者を人口の少ない現役世代が支える仕組みの社会保障である限り、さまざまな不都合が生じるのは当たり前です。まして国の制度で、苦労の顔を見なくていいとなれば、人々が本気で問題解決に立ち向かうはずがありません。  


資料3 社会保障と地域社会
(クリックすると拡大できます)

 どんなに大変でも、これからの社会保障は、地域社会がもっとしっかりとしたものになるよう、地方自治体がもっと責任をもってやるものに変えていくしかありません。社会保障、なかでも高齢者福祉などを、地域社会が持つさまざまな役割から切り離して、国の別の社会保障の一環としてのシステムにするには、地域社会を壊さないよう、思慮深さがいるように思います。地域社会のなかで、防災や祭りや伝統の承継などと同じように、地域の絆や連帯のなかでこそ、高齢者福祉などの充実ができるように思います。
 介護保険制度は社会保障として必要ですが、全国一律ではなく、地域ごとに合った役割と運用を行う必要があります。地域社会が本来の役割を果たし、地域の人の力を活かし、地域を強くできる介護保険制度のあり方が求められています。今度、国が地域活性化総合特区に小豆島を含めた香川県を指定してくれたので、そういう試みを小豆島でやってみようと思っています。
 これからの高齢者、まさに私たちの世代のことですが、この世代は若者世代に世話になるのではなく、地域ごとに、健康づくりから、生きがい、生涯学習、お互いの日常生活の面倒まで、同じ世代で助け合うということでなければ、この国の少子高齢化の困難はのり越えられないくらい、大変なものだと思います。
 例えば、国が音頭をとって、医療費を下げるために健康づくり、保健予防をしようと働きかけても、国の制度なら、その痛みを直に感じることがないので、真剣に取り組む人は必ずしも多くありません。しかし、医療費が下がることで、人々も元気に、地方自治体の活性化にまわせる財源が目に見え、それによって自治体が元気になることがわかれば、地域の人々は真剣に健康づくりに励むようになるはずです。
 地方分権は、抽象的なきれい事ではなく、もう一度日本が元気になるために、地方自治体が泥まみれの苦労の覚悟をすることだと思います。
 社会保障と税一体改革は、地域を元気にする、自分たちの地域をよくすることできることを実感できるものでなければならないと思います。(平成24年1月7日)


資料4 地域から日本再生を
(クリックすると拡大できます)

(付記)
  資料は、私がかって勤務していた (独立行政法人)福祉医療機構の広報誌 「WAM」に書いた小論から転載したものです。

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第430回 「地域」の大切さと社会保障


 これまで私たちの先達たちが、何十年、何百年ときには千年を超えて、守り伝えてきた、人と人の絆、伝統、文化、伝承行事、里地、里山などが、今、全国のいたるところで音をたてて崩れようとしています。
 生活の豊かさを享受するために、世界に伍して経済を発展させていかねばなりません。そのためには、国際的なスタンダードにのっとった経済社会ルールの徹底、市場原理や競争原理の徹底が必要であるという論議、例えばTPP参加の論議もそのとおりかもしれないと思うことがありますが、日本が再生するためには、それ以上に大切なものがあるように思います。
 かつて日本のどこにも健全な地域社会がありました。日本がもう一度自信と誇りの持てる国になるためには、成長とあわせて、世代を超えて守り伝えられてきた地域社会の持つ価値やよさを再認識し、これを建て直し、次代に守り伝えることがまず第一におかれるべきだと思います。
 人口減少と少子高齢化の急速な進展で、社会保障改革が焦眉の急になっています。国の制度としての社会保障は、もはや国民が期待するような給付面で充実することができないことが明白であるにもかかわらず、それが可能かのような論議をしている限り、議論をすればするほど、混迷を深めるばかりです。
 私は、人口減少と少子高齢化が急速に進む中での、社会保障を充実するには、地域の「人」の力を活かし、「地域」の力を高めることが必要だと思います。
 社会保障のうち、年金については国全体で行うものです。年金は、ざっくり見ると、その年の国の富を、現役世代と引退世代で分け合うものなので、年金制度が崩壊することは、国民が賢明である限り、ありえないことです。現役世代が減り、富が大きくならなければ、数の増えた引退世代への分配が減るだけです。この富の分配を世代間でどううまく合意形成するかこそが、政治の役割です。世代間の痛みわけがうまくできるかどうかにかかっています。従って、政治がしっかり機能しているのであれば、年金の崩壊はありえませんが、これからの高齢者は、配分が減ることを覚悟して、それぞれの老後に備える必要があります。そのことを理解しようともせず、説明しようともしない政治の貧困を悲しく思います。
 医療については、県単位で考えるのがいいだろうと思います。医師の確保や配置、医療機関の役割分担などは、どうしても県単位で考える必要があります。国民健康保険の運営も市町村単位では限界があり、県単位で考えることが、医療供給体制の整備を進める上でも必要だと思います。今、小豆島のふたつの公立病院を統合することにしていますが、どちらの病院も国民健康保険立の病院です。病院の統合について、香川県や香川大学など香川県の医療関係者が全面的に応援してくれているのも、こういう医療の大きな流れに沿っていると考えることができます。
 高齢者福祉、障害者福祉、子育て支援など福祉は、市町村単位で考えるべきものだと思います。地域福祉とよばれるゆえんです。地域福祉とは、地域に住む人が、障害の有無、老若男女を問わず、自然に交流し、支えあうまちづくりのことです。
 地域福祉を実現することを通して、人と人の絆、地域の連帯を取り戻し、「地域」が蘇ることで、心の荒廃など日本の抱える多くの課題を解決できるのではないかと思います。一つひとつの地域社会が元気になることで、その総和である日本全体も輝きを取り戻せるのではないかと思います。

 江戸末期に日本を訪れた欧米人の感想が渡辺京二さんの「逝きし世の面影」という本に紹介されています。


「平野は肥沃で耕され、山には素晴らしい手入れの行き届いた森林があり、(中略)住民は健康で、裕福で、働き者で元気よく、そして温和である」

「日本人は確かに児童問題を解決している。日本の子どもほど行儀がよくて親切な子どもはいない。また、日本人の母親ほど辛抱強く愛情に富み、子どもに尽くす母親はいない」

「何とかわいい子ども。まるまると肥え、ばら色の肌、キラキラした眼」

「どの子もみんな健康そのもの、生命力、生きる喜びに輝いており、魅せられるほどに愛らしく、仔犬と同様、日本人の成長をこの段階で止められないのが惜しまれる ・・・」


 日本人の原風景を私たちは取り戻したいものです。そのための人と人の絆、連帯感のある「地域」を作っていくことが、社会保障の目指すものでなければならないと思います。(平成24年1月6日)
地域が一つになる秋祭り
池田亀山八幡秋祭り


福田葺田八幡秋祭り


内海八幡秋祭り

高齢者と子供達の交流
七夕の短冊作り


コマ回しを教わる小学生



農業体験を通しての
障害者の方の就労体験


子ども達の遊び場になったりと
日本の原風景の一つともいえる神社


資料 地域から日本再生を
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第429回 職員の皆さんへの年頭挨拶


 明けましておめでとうございます。

 今年は小豆島にとって飛躍を確実なものにする大事な年です。職員の皆さんには、その目標に向かって全力投球をお願いします。役場の皆さんが率先垂範して課題解決に取り組んでいただくことが何よりも大事です。

 昨年は、日本全体にとって、東日本大震災という未曾有の災害があっただけでなく、国際的な経済の混乱で経済も停滞、また、政治は国の進むべき方向についてビジョンを示すことができず、衰退するばかり、国全体に不透明感が漂った年でした。

 そういうなかで、小豆島では、地域活性化に向けた取り組みが始まり、明るい兆しも見えはじめた年でした。
 小豆島は、人口が減り、少子高齢化が急速に進んでいくという重たい課題を背負っていますが、やり方と発想次第で、それを克服し、また日本をおおっている不透明感を吹き払う道筋を示すことができるかもしれないと思っています。
 小豆島は、長年、離島のハンディキャップに苦しんできました。しかし、IT(情報技術)の進歩、海の復権、価値観の多様化、失われつつある大切なものに気づく人々が多くなっていくなかで、離島がハンディキャップではなくなり、自然の豊かさ、人情の厚み、文化や伝統などの深さを活かして、新しいこの国の発展のかたちを示せる可能性があるように思います。
 地球規模で見ても、途上国の経済発展、国際交流の進展は、地域の個性が今まで以上に価値を持つことを意味するもので、小豆島の可能性を広げると思います。瀬戸内国際芸術祭からも、瀬戸内海や小豆島にその可能性を感じとることができます。世界のいろいろな国々に発展の可能性がでてきているのと同じように、国内でも、個性的な地方、地域に発展の可能性がでてきているように思います。
 これまで日本は、都会に人材、情報、資金などが集中することで、発展してきたのですが、これからは地方、地域にも個性を活かし、人材、情報、資金などを集めて、発展できる時代がきているように思います。
 人々の価値観も多様化しています。都会だけに価値があるのではなく、これまで価値がないと思われたものや失われようとしているものに、本当の価値があることに、人々は気づきはじめています。例えば、地域社会の絆や連帯です。ありふれた里地や里山です。神社や祠のある風景です。ほっとできる日本の原風景です。それを取り戻すことが、日本の再生に必要であると気づく人々が増えているように思います。
 大きな流れが今変わろうとしています。この流れのなかで、小豆島はきっと元気になっていくだろうと思います。しかし、それはほっといて元気になれるのではありません。大きな流れにそって、私たちが必死に一生懸命努力をすることで、はじめて元気になれるのです。役場の皆さんは、率先して、その努力を一生懸命にすることが求められています。
 2012年。何をしたらいいか、何をすべきか、話したいと思います。
 今年は小豆島にとって記念すべき年です。
 壺井栄が「二十四の瞳」を書いて60年、最初の映画「二十四の瞳」の木下恵介監督の生誕百年の年です。
 この2人、そして一昨年亡くなられた高峰秀子さん。この3人のおかげで今日の小豆島があります。
 今年は、静かに、「二十四の瞳」がもう一度注目される年になると思います。
 今年は小豆島にとって記念すべき年です。
 3月には、島田歌穂さんのミュージカル「二十四の瞳」の小豆島公演があります。地元の子どもたちも子役で参加します。8月には、「二十四の瞳」が再びテレビドラマ化される予定です。
 大事なことは、この小説のテーマである、人と人の心のふれあい、平和、教育の価値などが、もう一度問い直されなければならないことです。混迷する日本という国が、もう一度、大切なものを再確認することで、日本再生の道が開かれるように思います。

ミュージカル「二十四の瞳」のパンフレット
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 今年は、来年3月から開催される瀬戸内国際芸術祭に向けた準備をする年です。二年前の瀬戸内国際芸術祭は大勢の方から高い評価を得ました。それは、この芸術祭が、海の復権を掲げ、私たちのまわりから、なくなろうとしているもの、例えば、そこに住む人々の何気ない暮らしと笑顔の大切さをテーマとし、そこで、美しい瀬戸内海と島々を発見したからです。瀬戸内国際こども映画祭にも通じるものがあります。来年の芸術祭では、棚田と農村歌舞伎などのある中山、中山の棚田を農業として守っていく取組みにも今年から本格的に着手しますが、芸術家村があって、花とアートで地域活性化を目指す三都半島、醤の郷、石の歴史のある福田やジャンボフェリー就航で京阪神の玄関として蘇ろうとしている坂手の港など、小豆島のあちこちで作品が展開されるはずです。小豆島の魅力を思う存分に日本と世界に発信する機会になるはずです。地域の力をあわせて、知恵を絞って、準備をしたいと思います。

2010年に開催された瀬戸内国際芸術祭

 オリーブについては、オリーブ・トップワン・プロジェクトが定着してきました。オリーブの栽培技術・加工技術の向上、オリーブハマチやオリーブ牛のようにオリーブの多角的活用はもちろんですが、今年から、オリーブを活かした健康長寿の島づくりに、本格的かつ徹底的に取り組もうと思います。
 家庭や学校給食などでのオリーブの活用を徹底的に進めようと思います。

学校給食でオリーブの新漬けを食べる子供達

 オリーブが健康長寿によいことは医学的にも立証されています。医学的なエビデンスを検証しながら、健康づくりを進めたいと思います。人口減少と少子高齢化の課題を乗り切るために不可欠なことは、子どもから高齢者まで、一人ひとりができるだけ健康で社会に貢献できることです。オリーブを活かした健康長寿を、医学的なエビデンスをもって、実現することで、小豆島は、世界のどこにも負けない、オリーブの島になると思います。
 医療と福祉をよくすることは、島民の安心・安全だけでなく、小豆島の魅力を高めるためにも不可欠です。幸い、そのための取組みをはじめる環境が整いました。
 国も、香川県も、これ以上はないという環境整備をしてくれました。地域医療再生基金、地域活性化総合特区をこの小豆島のために特別に認めていただきました。香川県、香川大学なども全面的な支援を約束してくれています。後は、島民の皆さんの姿勢にかかっています。

内海病院、緊急搬送された患者さんを運ぶ
救命士と看護師の皆さん

 ふたつの公立病院の統合は、決して容易なことではありません。しかし、安心できる医療を提供できる病院ができることで、小豆島の医療と福祉をよりよきものにすることができます。新しい病院づくりと平行して、必要なことは地域の福祉づくりです。
 介護保険法の活用はもちろん必要ですが、地域で安心して暮らせるようにするためには、地域の皆さんの助け合いが不可欠です。高齢者の知恵と経験がフルに活用されなければなりません。一人暮らしでも地域で暮らせるように、健康づくり、生きがいづくり、食事や移動の支援など、さまざまことが地域で行われるようにしなければなりません。
 若者たちの医療や介護の負担をできるだけ少なくし、若者たちが思う存分に活躍できる島にしなければなりません。
 若者たちが島を離れないようにし、島外から若者がやってくるようになるためには、若者の働く場を確保する必要があります。
 小豆島の地場産業である醤油、佃煮、素麺、オリーブなど、それぞれ健闘しています。それぞれの分野で企業家の皆さんが創意工夫をして、さらに頑張ってほしいと思います。役場は、これまでのように企業任せにするのではなく、やるべきことをやらねばなりません。
 例えば、発酵食品研究所などの研究開発の後押しをしたり、企業にとって有用な情報を集め提供したり、小豆島のアピールに努めたり、いろいろなことを行うことが必要です。

企業の研究の様子

 若者にとって魅力ある職場をこれからどう開拓していくかです。医療や福祉の分野が考えられます。小豆島の魅力をアピールする観光の分野もあります。地元の食材を生かしたいわゆる農業の六次産業化も必要です。芸術、音楽などの新しい分野もあります。教育、勉学、スポーツなどの拠点になることも考えられます。
 今年は、光ファイバーを整備します。知的な営みの可能性が広がるでしょう。小豆島に移住したいという若者が増えています。若者たちに、小豆島で新しい日本の可能性を切り開いてほしいと思います。

オリーブ染めを体験する田舎で働き隊の皆さん

 次代を担うこどもたちのことが大事です。小豆島に戻って思うのは、子どもの数が減ったことはもちろんですが、スポーツをはじめよく頑張っていることです。

夏・秋大会と連続でベスト8入りし
着実に力をつけている小豆島高校野球部の皆さん

 次代を担うこどもたちこそ、小豆島の未来を決める人たちです。彼らに、小豆島の宝物を磨いて残すとともに、その宝物をさらに磨いて、小豆島の可能性をさらに大きくできるよう、子どもたちに、心身とも逞しく育ってほしいと思います。そのため、子育てのあり方、教育のあり方について、根っこからもう一度、見直してほしいと思います。子どもたちの眠った才能を起こして、磨いてほしいのです。
 防災のこと、今年秋には新内海ダムもいよいよ完成します、そのほか環境、人材、男女共同参画などいろいろ申し上げたいことがありますが、是非、今年1年を、小豆島の未来のために、職員の皆さんに全力投球をお願いして、新年の年頭の挨拶とします。(平成24年1月5日)

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第428回 新年を迎えて ?2012年の小豆島?


 明けましておめでとうございます。
 昨年は、東日本大震災に代表されるように、日本中が未曾有の経験をした年でした。国全体に不透明感が漂っていますが、こういうときこそ一人ひとりが、もう一度足元を固め、未来に向けて強い気持ちを持って、困難に立ち向かわねばなりません。
 小豆島の抱える最大の課題は、人口減少と急速に進む少子高齢化です。これほど自然や人情などに恵まれた小豆島でなぜ人口が減っているのでしょうか。どうすれば、人口減少と少子高齢化の課題を克服できるのでしょうか。課題は、想像以上に重たいものです。なかなか、そのための決定打は見つかりませんが、そういうなか、昨年は、小豆島にとって、いくつかの明るい兆しも見られるようになりました。
 小豆島を舞台にした映画 「八日目の蝉」が全国公開され、百万人を超える皆さんが鑑賞しました。成島出監督は、小豆島を、人々と自然と神々が同じ地平に住み、こころが癒される島として描きました。
 7月、16年ぶりに神戸と坂手を結ぶ定期フェリー航路が復活しました。地場産業、文化、教育、観光交流など阪神地域とのかかわりで発展してきた小豆島の悲願が実現しました。夏には、大勢の観光客が島に訪れて、かつての活気の一部が戻りました。
 大相撲の琴勇輝(榎本勇起君)は、弱冠20歳の若さで見事十両昇進を果たし、「香川県小豆郡小豆島町出身」の館内放送で土俵にのぼり、私たちに感動と勇気をくれました。
 地域活性化に向けた自発的な活動も、さまざまな分野、さまざまな地域で広がりました。小学校、中学校、高校、それぞれ文化活動やスポーツ活動などで、全国大会に出場するなど、立派な成績をおさめました。

 2012年は小豆島にとってどんな年になるのでしょうか。2012年は小豆島が元気になるために大事な年です。
 何よりも、医療と福祉をきちんとすることが不可欠です。全国的に医師や看護師などの医療スタッフの確保が困難な中、小豆島で必要な医療を確保するためには、二つある公立病院を一つにして、医療スタッフを集中することが必要です。島民にとっても医療スタッフにとっても、魅力ある病院をつくりあげることが必要です。
 病院の再編と同じように大事なことは、高齢者ができるだけ住み慣れた地域で暮らせるために、在宅の医療や福祉をよくすることです。在宅で暮らせるためのサービスを充実しなければなりません。在宅サービスは、介護保険の公的なサービスだけでなく、地域ぐるみの共助のサービスを大きくできる仕組みが必要です。
 幸い、国から地域活性化総合特区に小豆島を指定してもらえました。医療や福祉を通した地域活性化のあり方を、小豆島から全国に発信したいと思います。

内海病院の現場

 子どもたちの健全育成、教育は、小豆島の未来にとって、とても大事なことです。子どもの数が減るなかで、スポーツや文化活動、地域活動などで小豆島の子どもたちは随分頑張っています。池田中学校女子駅伝チームが、4年連続香川県代表として全国大会に出場したり、小豆島高校野球部が夏、秋連続して県大会でベスト8入りしたりするなど、頑張りは見事なものです。今年もみんなの一層の活躍を期待したいものです。
 人として成長の基盤を築けるよう、保育所・幼稚園、小、中学校、高校で一貫した教育を作らねばなりません。保育所・幼稚園の年齢期は、人としての基盤をつくる大事な時期です。子どもの成長の可能性に保育所・幼稚園は応えなければなりません。女性の社会参加のためにも必要です。
 小学校は、地域の絆、連帯の拠点です。子どもが基礎的学力を身につけ、郷土愛を育む場です。小学校は統廃合するのでなく、地域ごとの魅力を高めてほしいと思います。中学校は、切磋琢磨のためにも、統合が必要です。スポーツにも、勉強にも、さらに頑張って、上のレベルをめざしたいものです。高校も統合を急ぐ必要があります。島の生徒のみんなが通い、誇れる高校にしなければなりません。

4年連続で全国大会に出場した
池田中学校陸上部女子駅伝チーム

 小豆島の観光は、無限の可能性を秘めています。一昨年の瀬戸内国際芸術祭は、瀬戸内海とそこにある島々が結ばれることで、島々が輝くことを立証しました。 神戸航路の復活もまた、航路の大事さを立証しました。
 今年は、映画「二十四の瞳」の木下惠介監督生誕百年、そして壺井栄が「二十四の瞳」を発表して六十年にあたります。「二十四の瞳」は、私たちが失ってはいけない人と人の心のふれあい、平和の大切さ、教育の重みを教えてくれます。今年、日本中で、「二十四の瞳」の意味が再び問い直されると思います。島田歌穂さんのミュージカル「二十四の瞳」が小豆島も含めて全国公演されます。さまざまなイベントが行われ、大勢の方々が小豆島を訪れてくれるでしょう。
 来年の瀬戸芸は、中山だけでなく三都半島、石の歴史のある福田、壺井栄の生地坂手などの港、醤の郷など、小豆島全体で展開されます。今年は、その準備を進める年です。坂手港については、京阪神の玄関港に相応しい設備にし、高齢者や障害者が利用しやすいものにしたいと考えています。中山の棚田についても、農業としての棚田を守る取り組みに本格的に着手したいと思います。東海岸についても、石の文化を楽しめる場として整備を進めていこうと思っています。

ミュージカル「二十四の瞳」の
練習に励む子どもたち

 醤油、佃煮、素麺などの地場産業の活性化も大事です。これらの分野は地味ながら工夫次第で、粘り強く生き抜くことができます。これまでは事業者の方々の自助努力で発展してきましたが、これからは行政も、研究開発、小豆島のブランドイメージのアップなど、できることをしなければなりません。
 意欲に満ちた若者にとって、やりがいのある働く場が必要です。オリーブなどの農業、農業の六次産業化、観光、医療や福祉、教育、芸術など、これからの小豆島の発展を支える分野での雇用を、どうすれば広げることができるか、考えなければなりません。
 地場産業の発展、知的な営みに不可欠な、遅れていた光ファイバーのような情報基盤整備にも今年着手します。

地場産業の現場

 オリーブです。一昨年から、官民一体の「オリーブトップワンプロジェクト」を進めています。今年は、これをさらに深めて、オリーブで、もっと元気に、もっと健康長寿を実現するプロジェクトを、専門家の応援も得て、進めようと考えています。
 オリーブが、健康長寿に効果的であることは学術的に立証されています。小豆島高校でのオリーブ料理フェスティバルや小豆島町食生活改善推進協議会によるオリーブ料理の普及、学校給食へのオリーブ活用、意欲的な移住者の方々による地産地消の料理の取り組みなどが始まっています。
 これらの活動を徹底して行い、生活習慣病を予防し、医療費や介護費用を減らし、その財源を小豆島の活性化に振り分けて、小豆島の魅力を一層増したいと思います。小豆島が名実とも「オリーブと健康の島」になることをめざしたいと思います。このことで、小豆島の魅力はさらに高まっていくはずです。

小豆島高校オリーブ料理フェスティバル

 そのほかにも、防災対策、環境、人権、男女共同参画などやることが山のようにあります。どれもこれも大切なことばかりです。皆さんとともに、一緒に考え、行動して、自分たちの力で、小豆島の元気を取り戻し、作り上げる1年にしたいと思います。(平成24年1月4日)

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