小豆島町長の「八日目の蝉」記 

 私は小豆島に生まれ育ちました。18歳のときこの島を離れ、40年ぶりに島に帰ってきました。島に帰ってから新しい発見の日々です。この島には、今私たちが失いつつあり、探し求めている何か、宝物がいっぱいあります。
 平成22年の3月と4月に、NHKが「八日目の蝉」というドラマを放映しました。小豆島が舞台のドラマです。その後、映画化され、平成23年4月29日に全国ロードショーされました。蝉の地上での命は普通7日です。ですから、8日目の蝉は、普通の蝉が見ることができないものを見ることができます。作者の角田光代さんは、原作で、小豆島のことを「海と、空と、雲と、光と、木と、花と、きれいなものぜんぶ入った、広くて、大きな景色」と表現しています。そして、主人公である若い女性に、おなかの中の子に、この景色を見せる義務が私にはあると、語らせています。
 そこで、私は小豆島の「きれいなものぜんぶ入った、広くて、大きな景色」を、これから町長の日々の仕事を通して訪ねてみようと思います。

第2068回 山極寿一先生の講演会


 
 山極寿一京大総長の講演会が、四国学院大学であると聞いて、善通寺まで行ってきました。
 山極先生は、世界的なゴリラ研究者です。先生に「世界にゴリラ研究者は何人いますか」と聞いたら、「10人くらいかな」と答えられました。
 なぜ、ゴリラ研究者の講演を聞きに、善通寺まで行くかと言えば、ゴリラ研究を通して、先生は、「人はどのようにサルからヒトになったのか、人の本質はなにか、家族とは何か、社会とは何か」、つまり、「人はどこから来て、どこに行こうとしているのか」という、私たちの本質にかかわることを研究し、提言されているからです。
 山極先生と私は同い年です。1年先に先生は、理学部に入学され、私は、一浪で法学部に入学、先生は1年留年したそうで、したがって、同じ年に大学を卒業しています。
 しかし、私は、先生に会うのは、今度が初めてでした。どうしても、先生に会いたい、直接お話を聞きたい、小豆島に是非ともお呼びしたいと思っていたので、連携包括協定を結んでいる四国学院大学が、人権週間の記念講演に、先生をお呼びすると聞いて、四国学院大学に無理をお願いして、押しかけました。講演テーマは、「野生の思考と未来の人材づくり ゴリラに学ぶ」でした。

 

連携包括協定を結んでいる四国学院大学で
山極寿一京大総長の講演会が行われました

 私が山極先生のゴリラ学にひかれるのは、山極先生の例えば次のような指摘です。熱帯雨林に住んでいたヒトは、サバンナ(草原)に出ます。熱帯雨林ではふんだんにあった食料がサバンナでは不足します。そこで、食料を集めて仲間に分配することが必要でした。熱帯雨林では木に登れば危険から逃げられましたが、サバンナでは木に登れず、敵に襲撃されることが多くなりました。そこで、種を守るために、ヒトは多産になりました。ヒトの幼児は、脳が大きく生まれます。脳の発達のために、子どもの成長に時間がかかります。
 こうして、ヒトは、貴重な食料を、共同体で分配し、多産で、時間のかかる子育てを、共同体で共同で行うようになりました。ヒトは、ヒトであるために、見返りを求めずに奉仕する「家族」と、お返しが期待できる助け合いの「共同体」の両方が必要でした。この二つを両立できるのは、「共感能力」です。「共感能力」は、人が人であるための本質的なものであると先生は考えています。
 ゴリラやチンパンジーは、サルより人に近い類人猿です。ゴリラは、強いものが子どもやメスなど弱いものに食料を分配し、一緒に食べ、顔を見て挨拶もします。


「共感能力」は、人が人であるための
本質的なものであると山極先生は考えています

 ゴリラのボスの行動で感動したシーンを話してくれました。あるとき、子どものゴリラが、片腕を失いました。ゴリラのボスが、その子どもゴリラを群れから見放すと思ったら、ボスは、いつでも、その子どもゴリラがついてくるまで、最後尾を進み、待つのでした。そのうち、仲間のゴリラたちも、子どもゴリラが追いつくまで待つようになりました。
 サルは、互いの優劣関係を認知し、どちらが強いか、弱いかで行動します。サルは、強いものが弱いものから食料を取り上げ、独占する優劣社会です。
 今の人間社会は、自分の利益を高める仲間とだけ集団をつくり、外の人間を敵とみなすサル化しているのではないかと山極先生は問いかけます。
 IT時代の若者たちは、共感力を使う機会が減り、身体でつながることが減り、コミュニケーションの在り方が変容し、インターネットと個食が主となり、人間社会がサル化していないかと問いかけます。

 

町内の小・中学校で行われている
演劇を通したコミュニケーション教育

 キーボードを叩けば必要な知識は得られるかもしれないが、人と人の交渉力は得られません。危機管理能力も得られません。他人の気持ちや考えを理解し、感動させる能力を得ることもできません。これからのグローバル人材は、状況を把握し、適応でき、自己決定ができ、危機管理ができ、他者を感動させる能力を必要です。
  山極先生と四国学院大学の末吉学長先生ほかの先生方との食事会も含めて、知的刺激に満ちた楽しいひと時となりました。山極先生と四国学院大学の皆さんに感謝します。
 山極先生に「ゴリラに信頼されるコツは何ですか」と聞いたら、「私たちがペットをかわいがるように、ゴリラのペットのように振る舞うことかな」と笑って答えられました。
 山極先生は、講演の最後に、これからのリーダーシップの在り方として、松下幸之助さんの「愛嬌がある」「運がよさそうに見える」「背中で語ることができる」ことをあげました。どれもゴリラにあてはまることだそうです。
 とても知的刺激に満ちたお話を山極先生から聞かせていただきました。山極先生ありがとうございました。(平成29年12月8日)


講演会や食事会を通して
知的刺激に満ちた楽しいひと時となりました

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第2067回 番外編アーカイブ㊼「療育とは何か」


 「ねんきん」誌 平成2年10月号 コラム「本」
 高松鶴吉著「療育とは何か(障害の改善と地域化への課題)」ぶどう社   

 療育とは、情念であり思想であり科学でありシステムであると著者はいう。
 著者は、ある地方都市において、障害児のための総合療育センターの所長として、先駆的な障害児療育を実践されてきた。また、障害児たちや親たちらとともに、地域の障害福祉活動のリーダーとして活躍されてきた医師である。
 本書には、その著者が障害児の医療、教育、福祉などを語った対談、論文、エッセイなどがおさめられており、これからの障害福祉を考える上で格好のものとなっている。
 先日、この本の出版を祝う会が東京で開かれた。全国各地で障害福祉に取り組んでいるさまざまな分野の人たちが集まり、厚生省の浅野史郎生活課長(前障害福祉課長)の司会のもと、実にさわやかな一時であった。
 厚生省では、若手の中に障害福祉行政を希望するものが増えているという。こうしたさまざまな分野の第一線で奮闘している人たちの声を大切にしながら、行政のプロフェッショナルとして、障害福祉づくりに参加・貢献してほしいものだ。
 この本を出版した「ぶどう社」は、障害者問題の書物のみを出版することをかたくなに守り続けているという。ここにも障害福祉づくりの担い手がいる。


障がい者の方々による
稲刈りなどの就農体験

(注釈)
 ひょんなことから書評を書くことになりました。匿名で、毎月、10年以上にわたって「ねんきん」誌が、いろいろな事情で廃刊になるまで、500字程度の書評を書き続けました。
 この書評は、記念すべき1回目のものです。著者の高松鶴吉さんは、北九州市で障がい福祉に取り組んでいた整形外科医です。私が、北九州市に出向していたころお世話になった方です。いろいろなことを教えていただきました。
 障がい福祉は、厚生省の代表的な所管分野ですが、この仕事に携さわる機会を得る官僚は、意外にも少数です。私は、3度、6年間、障がい福祉に携わることができました。そのことが、私の財産になっています。
 この書評を書いた10年ほど後に、障がい福祉の大きな制度改革を担当することになりました。そして、今、ふるさとの小豆島で、そのときの制度改革の理念を実現しようと、町長として取り組んでいます。(平成29年12月7日)

特別支援学級の児童を対象とした
ワークショップのようす

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第2066回 「発酵のまち」のランキングで小豆島町が第一位になりました


 日経新聞に、毎土曜日、「NIKKEIプラス1 何でもランキング」という特集紙面があります。今週は、「発酵のまち、伝統の魅力薫る」でした。そのランキングで、嬉しいことに、香川県小豆島町が第1位にランキングされたのです。
 ランキングは、国内で発酵を切り口にした街づくりに力を入れている事前に選出された地区21か所について、食品の多様性や観光地としての魅力などを基準に、選者11人にベスト10を選んでもらい、合計して点数化した結果です。
 選者11人は、観光、発酵文化研究者、発酵デザイナー、地域ジャーナリスト、旅行代理店、醤油ソムリエールなど多彩な分野の皆さんです。
 ちなみに、伏見の酒の京都市・伏見地区が9位、灘の酒の兵庫県神戸市・西宮市が10位です。そうそうたる地区のなかで、わが小豆島町が「発酵のまち」トップであると評価されたことの意味は大変大きなことです。
 小豆島の醤油づくりの歴史、先達たちの取組み、地道な関係者の努力、瀬戸内国際芸術祭をきっかけにした最近の動き、そして何よりも、これからの小豆島への期待感が、評者の高い評価につながったのだと思います。
 ところで、「発酵」とは、そもそも何でしょうか。発酵とは、微生物の働きで有機物が分解され、特定の物質を生成する現象のことです。人間は、古くから、さまざまな食材を微生物の作用で発酵させることで、実にさまざま「発酵食品」をつくりだしてきました。醤油、酒、味噌、漬物、納豆、パン、ヨーグルトなど、古今東西に広がり、あげきれないほどです。
 微生物の活動によって、元の食材にない美味しさが生まれたり、人間にとって有益な栄養成分を創り出したり、長く保存できるようにできたりなど、「発酵」には、さまざまな可能性があります。和食が、ユネスコ無形文化遺産に登録されたのも、醤油、味噌などの「発酵食品」が、和食の魅力を創り出しているからです。
 「発酵食品」は、食の美味しさ、健康に良いという、「食」の魅力と可能性だけでなく、たとえば木造の古い蔵などが醸し出す街並み、街づくりにも貢献すると注目されています。
 例えば、世界的な建築家の西沢立衛さんは、小豆島の木造の古い醤油蔵を訪れて、「小豆島にある木桶のある醤油蔵は、人間と微生物が共生して暮らす、未来の建築物」の在り方を示していると言われました。
 ところで、400年の歴史のある小豆島の醤油蔵と街並みは、私が8年前にUターンしたとき、存亡の危機にありました。醤油づくりに未来はない、木桶の醤油蔵は時代遅れだとして、解体撤去が続いていました。小豆島に帰ったときの私の意識もそういうものでした。
 しかし、小豆島の何人もの醤油職人たちは、小豆島の醤油蔵と醤油文化を守ろうと、歯をくいしばってがんばっていました。自らも何代目かの醤油屋である塩田洋介小豆島町商工会会長(当時)は、「醤の郷」の街並みを守ろうと商工会としての地道な保存活動を続けていました。京都の芸術大学を卒業してUターンしていた、黒島慶子さんは、「醤油ソムリエ」を名乗り、木桶の醤油の魅力を発信していました。
 やがて、偶然のことで、彼らの熱心な活動が、瀬戸内国際芸術祭2013の「醤の郷+坂手港プロジェクト」につながっていきました。瀬戸芸のアーティスト、クリエイター、デザイナー、建築家などの皆さんが、地元の皆さんと一緒になって、醤油の文化や醤の郷の街並みの魅力と可能性を具体的なカタチにして、私たちに示してくれました。
 地道に醤油づくりに黙々と取り組んでいた皆さん、先駆的な取組みをされていた皆さん、瀬戸芸のアーティスト、クリエイターなどの皆さん、すべての皆さんのおかげで、小豆島の醤油づくり、醤の郷の街並みは、かろうじて残り、息を吹き返そうとしています。皆さんに感謝します。
 しかし、本当に大切なのは、これからの取組みです。醤油産業が、これからも私たちの暮らしを支える産業として持続し、発展することが不可欠です。
 発酵食品としての醤油を活かした、いろいろな「食」のメニューも増えていくことが必要です。醤油に限らずさまざま発酵食品も魅力にあふれています。酒、味噌、パン、押しずし、漬物など、実に多彩です。移住者をはじめ、何人もの人が、島の食材、環境を活かして、さまざまな「発酵食品」にチャレンジしてくれています。今後様々な分野で活躍する人たちがコラボレーションした新しい「発酵」の取組みにもチャレンジしたいと思います。
 いずれにしても、小豆島の長い発酵のまちづくりの歴史と、ここ数年の取組みと、そしてこれからの取組みを、専門家の皆さんに高く評価していただいたことに感謝し、是非とも期待に応えられるよう、内外の皆さんと知恵と力をあわせて、これからも取り組んでいこうと思います。(平成29年12月6日)

「NIKKEIプラス1 何でもランキング」で
小豆島町が発酵のまち第1位に選ばれました

400年の歴史がある
小豆島の醤油づくり

発酵とは、微生物の働きで有機物が分解され
特定の物質を生成する現象のことです
 
醤油づくりの盛んな醤の郷の街並み

香川県発酵食品研究所の
研究活動のようす

瀬戸芸2013「醤の郷+坂手港プロジェクト」
では醤油の文化や醤の郷の街並みの
魅力と可能性を具体的なカタチにしました
 
 移住者などが島の食材、環境を活かして
さまざまな発酵食品にチャレンジしています

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第2065回 小豆島駅伝大会


 日曜日、快晴の下、小豆島駅伝大会がありました。土庄町安全モータース前から小豆島町坂手車庫前までの約19キロ、8区間を、タスキをつないで34チームを272人のランナーが駆け抜けました。
 「小豆島駅伝」の名前のとおり、小豆島を横断する駅伝大会です。なんと今年は58回大会です。半世紀以上も続いています。第1回大会のとき、私は、小学3年生です。沿道で選手を応援したことを覚えています。
 大川さんという、名ランナ―がおられていたことを覚えています。大川さんは、他のランナーに比べ、抜きんでた実力のあるランナーでした。大川さんが、すいすいと、前のランナーを追い越していくのを見て、凄い人がいるなとあこがれたものでした。
 この大会の良さは、このようにトップクラスのランナーと一緒に、島のなかの各地区のいろいろなランナーが参加していることです。高校や中学校の陸上部の選手もいれば、大丈夫かなと思う、ごく普通の年配のランナーまで、多士済々の皆さんが、地区代表として参加しています。島外に出た人が、ふるさとランナーとして参加しています。
 このごろ小豆島は、元気になる兆しを見せています。いろいろな理由がありますが、そのひとつは、いろいろなことを島をあげて、ひとつになって取り組んでいることがあると思います。医療、福祉、教育、観光などで、「島はひとつ」の取組みが始まっています。この小豆島駅伝大会こそ、その代表例です。
 昨年、小豆島高校陸上部が、男女とも香川県大会で優勝し、全国大会に出場しました。今年は、小豆島中央高校男子陸上部が、香川県代表として、この12月、全国大会に出場します。小豆島中学校陸上部も、男女とも香川県代表として全国大会に出場します。これらの成果は、この小豆島駅伝大会の裾野があるからこそできたことだと思います。
 この日の朝、安田チームの3人の生徒による開会式での宣誓です。
宣誓
・毎年この小豆島で、地域の輪をつなぐ素晴らしい機会を準備してくれるみなさま
・寒い中、沿道で応援してくれるたくさんの方々に
・本当に感謝します!
・我々選手一同は、この豊かな自然に生まれ育った島っこパワーと
・日頃の練習の成果をタスキという絆につなぎ
・箱根にも負けない熱く爽やかな風んをこの地に運びつつ
・最後まで全力で走り抜くことを誓います!
 小豆島は、これから「島は一つ」になって、元気になっていきます。(平成29年12月5日)

34チームが参加して
第58回小豆島駅伝開催されましたt

全国大会を控えた中学生や高校生から
年配のランナーまで様々な方が参加しました

苗羽Aチームが3年ぶりの
優勝を果たしました
 
沿道からは温かい声援が
選手に送られていました

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第2064回 小豆島中央高校男子陸上部の皆さんが来庁しました


 香川県高校駅伝大会で優勝し、12月24日京都で開催される全国高校駅伝大会に香川県代表として出場する小豆島中央高校男子陸上部の皆さんが小豆島町長室を訪ねてきました。
 小豆島中央高校が開校したその年に、香川県代表となった皆さんに敬意を表し、感謝したいと思います。昨年の小豆島高校最後の年の、男女そろっての全国大会出場のときと同じように、もしかするとそれ以上に嬉しく、価値あることかもしれません。
 小豆島の高校生がこのように駅伝で活躍できているのには、いくつかの理由があります。もちろん選手の皆さんの頑張りが一番の理由です。
 ひとつは、小豆島の人たちが駅伝が大好きなことです。小豆島では、島中の皆さんが地域チームをつくって、年に一度、島を横断する駅伝、小豆島駅伝大会がなんと58年も続いています。駅伝の裾野が小豆島中に広がっています。その裾野があるからこそ、高校生や中学生が活躍する山ができるのです。
 もうひとつは、優れた指導者に恵まれていることです。小豆島高校、小豆島中央高校の陸上部の先生は、荒川先生です。荒川先生は、国体に香川県代表として参加したこともある、高校陸上の指導者としては、香川県のみならず全国でも評価されている先生です。
 荒川先生は、小豆島に単身赴任でがんばってくれています。新しい高校になり、新しい選手も加わり、夏まで、チームの状況は不調で、全国大会をあきらめざるを得ないと考えていた時期もありましたが、見事、男子チームを県優勝に、女子も2位という素晴らしい成績を残しました。
 ちなみに、指導者という点では、小豆島中学陸上部の中村先生の存在も大きいです。多くの選手は、中学時代に中村先生の指導を受けています。今年は、小豆島中学も、男女とも香川県大会優勝、この12月、そろって滋賀県で開催される全国大会に出場します。
 みっつめは、小豆島と小豆島中央高校に秘密があります。泉谷小豆島中央高校長が今年つくった校訓は「自立、真心、小豆島」です。「自立」は、自分たちのことは、自分たちの知恵と力で解決することです。「真心」は、誠心誠意が事に向き合うことです。「小豆島」とは、小豆島の大切なものを守り、磨き、小豆島が大好きだという、心の姿勢です。「小豆島」に、気持ちをひとつにし、事に取り組んでいく姿勢を示しています。
 キャプテンの向井君は、「全国大会では、小豆島中央高校の名前を、全国の皆さんに心に刻み込んでもらえるよう、走ります。チーム一丸となって頑張ります」と力強く、決意を話してくれました。
 私も、素晴らしい若者たちに、校訓の通り、「一生懸命に、小豆島の魅力を守り、可能性を拓き、タスキを君たちにつないでいく」ことを、誓いました。(平成29年12月4日)

小豆島中央高校男子陸上部の皆さんが
全国大会出場の報告に来庁しました

統合後初の全国大会出場を果たした
小豆島中央高校陸上部男子駅伝チーム

小豆島中学校は男女揃って
全国中学校駅伝大会出場を果たしました
 
泉谷校長がつくられた校訓
「自立・真心・小豆島」
 
小豆島中央高校男子駅伝チームの
全国での活躍を期待しています

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第2063回 小豆島オリーブバスが元気になってきています


 小豆島オリーブバスの株主総会がありました。私が子どものころ、島内を走っている小豆島バスは、いつも満員の人でいっぱいだったと記憶しています。
 小豆島バスは、小豆島出身の堀本文次さんという偉大な企業家が戦後の小豆島の発展を願ってつくった会社でした。堀本さんは、「島の運輸大臣」と言われるほど、島の観光の発展に貢献した方です。
 小豆島は、映画「二十四の瞳」で全国で知られるようになり、名勝寒霞渓もあって大勢の観光客でにぎわいました。島の人口も4万、5万人とそれなりの規模で、自家用車が普及する前でもあったので、バスは、島の交通機関として、大活躍でした。
 しかし、私が、小豆島に戻った8年前、小豆島の人口も3万人を割り、小豆島バスは経営破たんで解散し、島の2町と住民が株主になった小豆島オリーブバスとなっていましたが、自家用車の普及もあいまって、そのオリーブバスも青色吐息の状態になっていました。
 全国の人口減少に苦しむ地方の公共交通は、どこも利用者が減り、存亡の危機にあります。小豆島オリーブバスもそのひとつでした。さてどうするか。小豆島では、両町が中心になって、小豆島公共交通協議会での議論が始まりました。議論を、会長の香川大学から大阪大学に移っていた土井健司工学部教授がリードしてくれました。
 協議会での議論の結果、小豆島中央病院の開院、瀬戸内国際芸術祭2016の開催、小豆島中央高校の開校を見据えて、昨年3月から大幅な路線の再編成、運賃の見直しが行われました。
 路線は、通院、通学の利便性を考慮して見直されました。運賃は、最大1200円ほどであったのが、どこまでいっても300円以下になりました。高校生の通学定期を半額にし、最高月額5千円を超えないよう通学費補助を両町ですることにしました。観光客の1日フリー切符を2千円から千円にしました。
 運賃をこれほど下げたのでは、利用者は増えても、バス会社の経営は悪化するはずと心配する 声もありました。この日の総会で、29年度(28年9月から29年10月期)決算内容が発表されたのですが、利用者数が瀬戸芸の効果のあった28年度を超えて、バス会社の利益も増えたというものでした。
 29年度の利用者数は、約66万人でした。瀬戸芸のあった28年度は約52万人ですから14万人増、30%増です。24年度は34万人ですから倍増です。高校生の利用者は、8万2千人です。29年度は半年分ですから、来年度の利用者数は倍増します。定期券購入者は約200人です。定期券購入者の目標は、生徒数の15%100人だったのですが、571人、生徒の35%が定期利用をしてくれています。
 観光客も3万6千人前年度に比べ増加しました。9割がインバウンドの海外からのお客様です。1日フリー乗車券は、前年度に比べ7400枚増加しています。如何にインバウンドのお客様が今年度増え、バスを利用して小豆島を楽しんでもらえたかがわかります。
 小豆島の一般の利用者数も約2万3千人増加しています。病院に通う人が利用されています。これからバスの便利さ、安さ、快適さがより知られようになれば、島の皆さんの利用もどんどん増えるはずです。島の中での交流が活発になるはずです。
 29年度の経常収入総額は、約1億8600万円(前年度比500万円増)、経常経費総額は、約2億2千200万円(前年度比210万円増)で、国、県、町からの補助金を加えた当期利益は約1200万円(前年度△約142万円)となりました。
 このように小豆島オリーブバスは、料金を大幅に下げたにもかかわらず、売上げを増やし、利益をあげるまでに元気になっています。料金を下げて、売上げを増やし、利益まで計上したのは、全国でも稀な、もしかすると前例のないことと、専門の方から聞きました。
 その理由は、医療、教育、観光などの社会政策と公共交通政策を関連付けて、路線、バス料金の見直しを実行できたからだと思います。小豆島のいろいろな潜在的可能性を顕在化できたのは、島民の皆さんがひとつになって取り組んだ成果です。
 もちろん小豆島オリーブバスはいろいろな課題を抱えています。例えば、運転手が高齢化しています。人材の確保が必要です。バスも老朽化しているし、障がいのある人、高齢者が安心して乗れるバリアフリー化が必要です。海外の皆さんが利用しやすい表示の多言語化、バス内の外国語アナウンスも必要になっています。利用者がもっと増えれば、便数も増やせます。
 小豆島オリーブバスは、このように元気になってきています。小豆島も元気になってきています。もっともっと元気になっていきます。(平成29年12月1日)

小豆島オリーブバス株式会社の
株主総会のようす

小豆島の公共交通の要である
オリーブバス

土庄町と小豆島町の有識者による
小豆島公共交通協議会
 
小豆島中央病院にバス通院する
島民の方々

バス通学をする
小豆島中央高校の生徒たち

外国人観光客による
バス利用も増えています
 
障がいのある人や高齢者が安心して乗れる
バリアフリー化などの課題もあります

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