小豆島町の概要

更新日:2020年06月19日

日本列島の地図とともに日本のどこに小豆島町が位置しているかを示している画像

 小豆島町は、瀬戸内海国立公園に浮かぶ小豆島の中央から東に位置する、海と山の美しい自然に恵まれた町です。平成18年3月21日に内海町と池田町が合併して誕生しました。
 小豆島町は、日本におけるオリーブ発祥の地として、また、壷井栄の小説を基にした映画「二十四の瞳」の舞台として全国的に知られています。オリーブ発祥の地にはオリーブ公園が、「二十四の瞳」の地には再映画化のセットを保存した二十四の瞳映画村があり、多くの観光客で賑わっています。その他にも日本三大渓谷美に数えられる寒霞渓、18世紀頃に始まり、現在も伝承されてきている農村歌舞伎舞台など数多くの観光スポットを有しています。
 小豆島町の産業は、醤油、佃煮、素麺などの食品産業が中心です。電照菊やスモモなどの農業、大坂城築城からの歴史を有する石材業、豊かな観光資源を生かした観光関連産業やオリーブ製品の製造業も盛んです。

歴史

 

小豆島の歴史は神話時代に遡ります。日本最古の正史である日本書紀には、阿豆枳辞摩(あづきじま)の記述が見られます。
古代から南北朝時代くらいまでは内海地区は草加部郷(福田地区は小海郷)、池田地区は池田郷と称され、古代王権中期の3世紀頃には応神天皇が小豆島を行幸し、各地に伝説が残っています。この頃は吉備国児島郡に属していたようです。


平安初期から南北朝くらいまでは皇室御領として伝領されていました。南北朝争乱のころ、備前児島の武将佐々木信胤が南朝に呼応し星ヶ城にたてこもりましたが、細川氏に敗れ、細川氏がしばらくの間支配しました。
小豆島の最高峰である星ヶ城には今も城跡が残っています。

その後豊臣時代を経て、徳川時代には内海地区は幕府の天領地として倉敷代官所に支配され、池田地区ははじめ天領地でしたが、天保年間に津山藩の領地となりました。 明治維新の廃藩置県により倉敷県に属し、その後明治4年香川県(第1次)、同6年名東県(兵庫県の一部と徳島県)、同8年再び香川県(第2次)に、同9年に愛媛県に合併されるなど所属が転々と変わり、同21年香川県(第3次)の所轄になりました。

 明治23年町村制施行により、当時細分されていた村の分合を行い、内海地区は西村、草壁、安田、苗羽、坂手および福田の6か村(このうち、草壁村は大正6年町制施行)に、池田地区は池田、二生、三都の3か村(このうち、池田村は昭和4年町制施行)に集約されました。
 

その後、昭和26年4月1日には西村、草壁、安田、苗羽および坂手の5か町村が合併して内海町となり、昭和29年10月1日には池田、二生、三都の3か町村が合併して池田町となりました。さらに昭和32年3月31日には内海町が福田村を編入しました。


平成16年8月1日、少子高齢化、住民生活の多様化、地方分権の進展、安定した財政基盤の確保などの課題に対応するため、内海町・池田町合併協議会を設置し協議を進めました。

平成17年4月28日の総務大臣告示を経て平成18年3月21日、内海町と池田町が合併して小豆島町が誕生し、今日に至っています。

人口・世帯数・面積

人口

13,705人(男性6,471人、女性7,234人)

世帯数

6,246世帯

(人口、世帯数は令和2年6月1日現在・平成27年国勢調査確定値に基づく推計人口)

 

面積

95.59 平方キロメートル

 

 

町章

小豆島町章

小豆島町の小の文字をモチーフに、オリーブから広がる未来を表現しました。

グリーンはオリーブの実を、ブルーは島を囲む海を象徴しています。(平成18年3月21日制定)

町花・町木 「オリーブ」

オリーブの花

オリーブはモクセイ科の常緑樹で、初夏に白い小さな花をつけます。
小豆島は日本におけるオリーブ発祥の地として全国的に有名です。香川県の県花・県木もオリーブです。(平成18年3月21日制定)

オリーブの木

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