オリーブについて

更新日:2020年03月13日

オリーブ

オリーブ畑の中を5歳くらいの男の子と祖父が手をつないで歩いている写真

小豆島とオリーブの歴史

日本で初めてオリーブの栽培に成功した小豆島。

明治40年(1907)、当時の農商務省が三重・香川・鹿児島の3県を指定して、翌明治41年(1908)にそれぞれ1.2haの規模で試験栽培を開始。

小豆島町の西村地区に植えたオリーブだけが順調に生育し、栽培後2年ほどで結実。大正時代の初めには搾油ができるまでになりました。

そこには、オリーブの導入と栽培管理にたゆまぬ愛情を注ぎ尽力した先人たちの姿がありました。特に東アジアに生息するオリーブアナアキゾウムシの被害は大きく、対策は試行錯誤の連続でした。

オリーブ栽培の輪が広がる中、昭和34年(1959)の輸入自由化によって大量に輸入された外国産オリーブ製品に押され、国産オリーブは下火になってしまいました。

しかし、平成元年(1989)以降、イタリア料理や健康食品ブームでオリーブは再び脚光を浴び始め、消費者の動向は小豆島産をはじめ国産品への需要が増大しました。

平成15年(2003)、旧内海町が構造改革特区第1号に認定され、株式会社などの農業経営参入が可能になりました。

また、平成21年(2009)の農地法改正後は、次々と地元企業がオリーブ産業に参入しています。特にここ数年はオリーブ栽培を始める移住者などや6次産業化する農業者が増加し、栽培面積も増えています。

 

オリーブの原木とその後ろに青い海が広がっている写真
オリーブ公園の風車と芝生と向こうに広がる海の写真

オリーブトップワンプロジェクト

近年、日本各地で耕作放棄地問題などの解消策としてオリーブが注目され始め、全国各地で栽培が拡大しています。

このため、小豆島のオリーブ栽培地としての「オンリーワン」は難しい状態になってきました。

そこで「トップワン」をめざし、平成22年(2010)から小豆島町では官民一体となり、歴史あるオリーブ産地を守り育て、「小豆島」のブランド力を高めることを目標に「小豆島オリーブトップワンプロジェクト」を立ち上げました。

翌23年(2011)から「研究開発」「人材育成」「品質の差別化」「イメージ戦略」の4本柱で様々な取り組みを進めています。

先が二つに分かれてハート形になった幸せのオリーブの葉を指でもって写っている写真
フレッシュなオリーブオイルとオリーブの実の写真

子どもの頃からそばにあるオリーブ

小豆島はオリーブの島。

穏やかな瀬戸内の気候風土を象徴する町花・町木として親しまれてきました。

 

小豆島町では出生や小学校入学などの人生の節目にオリーブの苗木を贈っています。

家の庭にオリーブの木が植えられ、子どもたちがその周りで遊ぶ。小豆島ならではの光景です。

 

また、町が取り組んでいる「オリーブを用いた健康長寿の島づくり事業」では、学校給食でオ

リーブオイルを全面的に使用するなど、島の未来を担う子どもたちがオリーブに親しみながら

元気にすくすく育つことを願っています。

入学式で先生からオリーブの苗を受け取る小学一年生の写真
オリーブの木に登ってオリーブの実を収穫している笑顔の女の子の写真

日本におけるオリーブの聖地として

「山の斜面から海岸近くまで続くオリーブ畑。

オリーブ色の風が吹いてくるかと思うほど年がら年中 おだやかな色をしています」。

小豆島出身の作家・壺井栄さんの作品ではこのように表現されています。

 

「オリーブのある景色は美しい」。

小豆島にとってオリーブは、観光資源として人を呼び、地域を活性化させるもの。

「小豆島ブランド」の確立によって、観光分野や特産品開発など様々な面で活かされています。

ドローンを使ってオリーブ公園上空から内海湾を撮影した写真

国産オリーブの発展が平和をつなぐ

平成31年(2019)2月、全国各地のオリーブを栽培している24の自治体が

小豆島町に集まり、「2019全国オリーブサミットin小豆島」が開催されました。

 

「オリーブの未来を拓く『輪』をつくろう」と「日本オリーブ自治体協会」の設立をめざすと共に、

国産オリーブの魅力を高め、世界への発信を誓い合いました。

 

これからも小豆島は、これまでの歩みを大切に、

オリーブの島としてさらなる歩みを進めていきます。